デートDay1 博物館なんて

「わぁ、あの人、かっこいい」


 デート当日、目的地は決めず、とりあえず、一緒に電車に乗り込んでみたけど、お姉ちゃんはやっぱり目立つ。

 駅でも電車の中でも、周りの女子がヒソヒソ、ヒソヒソ。


 これは私のお姉ちゃんなんです! と声を大にして言えたら、どんなに楽か。


 でも、今日のお姉ちゃんは私服で制服と全然雰囲気が違う。

 黒いズボンに白いシャツ、そこにちょっと派手な碧いシャツを着てるんだけど、着方なのか、めちゃくちゃ似合ってると思った。

 だから、私もすごい緊張してる。


「お姉ちゃんと歩くと私まで見られる」


 電車を降りて、ぼやいてしまうのは緊張してる所為。

 わざわざそんなイケメンに転生しなくてもいいじゃん、と思う。


「嫌?」

「嫌とかじゃなくて、だって、私は……不釣り合いだから」


 横から顔を覗き込まれて、ぎゅっとワンピースの裾を両手で握る。

 黒色の地味な色ではあるけど、これでも女子っぽい服を着てきたつもりだった。

 でも、周りの女の子からしたら、私は普通の地味子。

 気を抜けば、誰にでも存在を忘れられるような、そんな。


「俺的にAちゃんは普通に可愛いと思うけどな」


 ニコッと笑った視線と目が合う。

 これは身内だから褒めてくれてるだけ、と頭では思うけど、顔がポッと熱くなった。

 可愛いとか、お母さんにもなかなか言われたことない。


「お、お姉ちゃん、あそこ行きたいって言ってなかったっけ?」


 顔が見れなくなって、思わず、視線を逸らしながら話題を変える。

 あー、うるさいな、私の心臓。

 お姉ちゃんがイケメンなのが悪い。


「どこ?」


 私の反応はまるで気にしてないみたいにお姉ちゃんが言う。


「レトロ博物館」


 これは嘘じゃない。お姉ちゃんは前から行きたいって、本当に言っていた。

 モダンな雰囲気を楽しめるとか、明治とかに流行った服が見られるとか、そういう大人しい感じの場所。


「あー、博物館ね。Aちゃんはいいの?」


 思い出したような顔のお姉ちゃん。


「私は別に行きたいところがないから」


 私はどこでもいいんだ。

 お姉ちゃんと少しでも長く過ごせるなら。


「そっか、じゃあ、そこ行こう」


 笑顔でそっと手を握られて、またドキリとした。

 今日のお姉ちゃんは本当に容赦がないし


「で、場所どこだっけ?」


 大事な部分が抜け落ちている。


 ◆ ◆ ◆


「お姉ちゃん、好み変わったの?」

「んー、なんだろう、思ってたのと違った、みたいな」


 このいまの見た目で博物館って似合わないな、と思ってたけど、中身の好みも変わったみたい。博物館の展示はあっさり見終わっちゃって、お姉ちゃんは嬉しそうでもなんでもなかった。


 前のお姉ちゃんは何でも資料になるとか言って、目をキラキラさせてたんだけど、いまキラキラしてるのは顔面とオーラだもんね。


「そういえば、小学校の低学年のとき、お父さんによく連れていってもらった公園あるじゃん?」


 突然、足を止めて、お姉ちゃんが思い出したように言った。

 急にどうしたのだろうと、思う。


「交通公園?」


 たしかに私の記憶の中にも、その公園は存在してる。

 何度もお父さんに車で連れていってもらったっけ。


「そう、あそこで自転車乗る練習したよね。それに、いっつもAちゃん、恐竜の遊具、怖がってて」


 クスクスと笑って細められた目が私を見る。


「だって、大きいし、顔が怖いんだもん」


 私たちは同じくらい自転車に乗れなかったけど、恐竜だけは私だけが怖がっていた。

 お姉ちゃんは恐竜の背中につけられた網をどんどん登っていって、天辺で片腕を上げたときにはまるで勇者か、新たな宝を見つけた冒険者みたいだった。


「あれって、まだあるのかな?」

「え?」


 お姉ちゃんはまた突拍子もないことを考えている気がする。


「行ってみよう」


 ほら、始まった。自由人すぎる。

 お姉ちゃんは私と手を繋いだまま、「見てみたいんだ」と言った。


 公園へは電車と徒歩で向かった。

 いつもはお父さんの車で来てたから自分の足で来たのは初めてだった。


「わぁ」


 入口から入ってみたら、公園の中は何一つ変わっていなかった。

 登って遊べるティラノサウルスとトリケラトプスの遊具はそのままで、でも、これってこんなに小さかったっけ? と思った。

 多分、私たちが成長したんだろうけど。


 それから擬似的な道路と横断歩道、それと信号があって、自転車を借りることが出来るのも変わってない。

 奥のほうにあるアスレチックも変わってなくて、長い滑り台も健在だった。

 滑ると底のパイプみたいなのが回って、カラカラと音がするやつ。

 危険だからといって、遊具がどんどん規制されていく世の中で、よく残ってくれていたと思う。


「お姉ちゃん、その自転車小さくない?」

「これしかなかったんだって」


 赤と黄色の自転車をそれぞれ借りて、道路を模したサイクリングロードを走る。

 でも、どう見てもお姉ちゃんの赤い自転車が小学生用のやつで足が大変そうだった。

 私はそれを見て、すごい笑いそうになったんだけど。


「Aちゃん、信号、赤になったから先に行くね」

「ちょ、置いてかないでよ」


 なのに、漕ぐのが速くて、私、ぜんぜん追いつけなくて、まるで背丈を競うようなレースをしてるみたいだった。

 正直、ズルすぎる。


「この滑り台、早すぎるって!」

「大丈夫、大丈夫、俺がここで受け止め……おふっ!」


 お尻を汚したくなくて足を底に着いてお尻を浮かせてしゃがんだ状態で長い滑り台を上から出発すると、思いのほかスピードが出てしまって、自分では上手く止まれなかった。

 そこで登場した両手を拡げたお姉ちゃんにダイナミックに突っ込んで激突した。

 やれって言ったのはお姉ちゃんだから、謝る気はない。


「ほら、早く登ってこいよ」


 先に登ったティラノサウルスの上からお姉ちゃんが煽ってくる。

 自分が小さい頃よりは小さく見えてたけど、近くに寄ったらまだまだティラノサウルスは大きい。


「無理だよ」

「行けるって。俺が引き上げるから、最初の足かけるところだけ頑張って」

「ここまで頑張ったよ!」

「はい、じゃあ、せーのっ!」


 私には無理だと思ったのに、お姉ちゃんはいとも簡単にサポートしてみせる。


 昔もお姉ちゃんに引き上げてもらって登ったことがあったけど、登ってみたら、やっぱり、そんなに昔みたいに恐竜は大きく感じられなかった。


 前に見た景色とちょっと違う。

 私たちは日々、成長してるんだ。

 ううん、これからは私だけが……。


「小学校三年のとき、Aちゃんが高熱出して入院したことがあったじゃん? 肺炎みたいになっちゃって、呼んでも全然反応しなくて、救急車を呼ぶことになって……、私、そのとき、自分の所為だってお母さんに泣きついたんだよね」


 お姉ちゃん、また私って言ってる。

 思い出話をするときだけは、私なのかな?

 

 ティラノサウルスの上で二人きり、冒険者たちは過去を語る。


「本当は全然そんなことないんだけど、当時は本当に自分の所為だと思ってた。理由とかはなしに。自分の半分が失われるみたいだった」


 そんな話、初めて聞いた。

 たしかに私は小三のときに入院するほどの大きな病気にかかった。

 あとで聞いた話だと意識が戻らないときもあったみたい。

 それでも、退院して顔を合わせたお姉ちゃんは、いつも通り笑ってたし、そんな風に思われてたなんて気付かなかった。


 けど、自分の半分が失われるって気持ち、いまなら分かる。

 ぽっかりと胸に大きな穴が空いたような、自分の右半身だけがなくなってしまったみたいな、そんな重たい感じ。


「分かるよ、その気持ち」

「そうだね、ごめん」


 お姉ちゃんが自ら命を絶った理由、それが分かっていないのに、どうしてお姉ちゃんは謝るんだろう。本当に覚えてないんだよね?


 理由が聞けたら、どんなに救われるか。

 ううん、きっと救われる、よね?


 ◆ ◆ ◆


「今日のデートで何か分かったことはあった? 感じたこととか」


 帰りの電車内、自然とそんな話になる。

 だって、私たちが付き合ってるのは、これが目的だもんね。


「ごめん、よく分からなかった」


 申し訳ない気持ちで答える。


 どきっとしたりするところとかあったけど、恋愛感情とか、そういうのは分からなかった。

 変わらず分かったことは、お姉ちゃんが周りの女の子からモテることくらい。

 あと、小さいときみたいにはしゃいで楽しかったこと。


「そっか、まあ、そうだよね。……姉妹だし」


 小さな声でお姉ちゃんはそう言った。

 そろりと繋いでいた手が解かれる。


 どうやらお姉ちゃんは一駅前で降りるようだ。

 もうすぐ駅に電車が到着する。


「家まで送ってあげられなくてごめん」

「ううん、お姉ちゃんが消えちゃうのは嫌だから」


 虚しそうな表情を向けられて、こっちの胸がぎゅっとなる。

 制約があるなら仕方ない。

それに今は『男ならデートのあと、必ず女の子を安全に家まで送り届けること!』なんて時代でもないし、外はまだ明るいから大丈夫。


「あのさ、今度からお姉ちゃんじゃなくて、小説に出てくる男子の名前で俺のこと呼んでみたら?」


 お姉ちゃんは私がずっとお姉ちゃんと呼ぶことを気になっていたのかもしれない。

 向こうはもう覚悟を決めて「俺」と言っているのだから、それもそうかと思った。

 私も覚悟を決めて、割り切らなきゃ。

 いまのお姉ちゃんは完全に別人なのだと。


「えっと、主人公の相手の男の子……颯馬くん、だっけ?」


 たしか、と思い出して、名前を口にする。


「そう。颯馬。俺は今日から颯馬」


 はっきりとそう聞こえた瞬間、ちょうど電車が止まった。


 なんで、そんなに儚い表情をするんだろう?

 寂しそうな笑み。

 お姉ちゃんが少しずつ消えていくのが怖い、のかな。


「じゃあね、Aちゃん、次は月曜日の放課後、いつもの図書館の前で」


 電車から降りて、私のほうを見て、彼が言う。


「またね、颯馬くん」


 扉が閉まる瞬間、そう口にした私の言葉は颯馬くんに届いただろうか。


 ◆ ◆ ◆


「よかったね、妹さんのほう学校に行けるようになって」

「今日なんか、お友達と出かけてるんでしょう?」

「やっぱり、子供は立ち直りが早いね」

「そうなの、ほっとしてるの。親の私たちのほうが、まだ全然気持ちがついていけてなくて」

「そりゃ、そうよ。大事な娘を突然失ったんだから」


 家に帰るとリビングから、お母さんとお母さんを慰めにきたお友達四人の声が聞こえてきた。お母さんにはお友達が多くて、私はあの騒がしくなる空間がなんとなく苦手だった。


「Aちゃん」


 自分の部屋に行くには、どうしてもリビングの前を通らなくちゃならなくて、私の帰還はみんなに知られた。

 一番最初にお母さんが私を見た。


「ただいま」


 すぐに明るくなんて出来なくて、ただ静かにそう言った。

 表情管理とか、そんなの出来ない。


「あ、おかえりなさい」


 お母さんのお友達が口々に言う。


 気まずい空気。

 どうしたらいいか分からない顔。

 すべてが嫌い。


 ペコッと軽く頭を下げて、私は階段を上がり、自分の部屋に逃げた。

 まだ痕跡が残ってるのに、お姉ちゃんの居ない、私たちの部屋。


「そんなことない」


 扉の前に座り込んで小さくつぶやく。

 ぜんぜんそんなことないの。


「全然立ち直ってなんかない……っ」


 涙があふれて止まらない。

 本当は自分の気持ちを必死に繋ぎ止めてるの。

 いま会ってるお姉ちゃんだって、いつ消えてしまうか分からない。

 消えるときに私も一緒に消えられればいいのに。


 怖い。

 怖い。

 怖いよ……。

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