凡人清掃員から世界一幸運になった俺だけど、拾うゴミが全部伝説級のアイテムなんだが?

人瀬つむぐ

第1話 清掃員、栄転(?)する

『ジョブ【剣士】を発現しました』


 部屋の中に響く機械的な声。落ち着いた女性の声で告げられるは、俺達にとって魔法の言葉みたいなものだ。


「ちぇ、剣士かぁ。もっとレアなジョブがよかった」

「発現しただけいいじゃん。ジョブなしだったら探索者になれないんだぜ?」


 先頭から聞こえる話し声に、俺は思わず右手で胸をところをぎゅっと握り締めた。

 期待と不安で胸が痛い。


 俺は、ずっとこの日を待ち望んでいた。

 ジョブを手に入れて、ダンジョン探索者になるこの日を。


 無機質な大部屋に集められたのは中学を卒業したばかりの15歳の男女。みながみな、俺と似たような顔つきで奥にある馬鹿でかい機械を見つめていた。

 丸くて色んな管がぐねぐねと伸びた機械。そこから流れるジョブを告げる声に、みんなは一喜一憂する。


 剣士とか魔法使いとか盗賊とか、まるでゲームか漫画みたいなシステム。


「次の人どうぞ」


 でもそんなシステムに、現代人は大真面目に人生をかけている。


「はい」


 目の前にそびえる機械は、近くでみると微かに青白い光を放っていた。ダンジョンから生まれたものらしいけど、一体どういう仕組みなのだろうか。


「お名前は?」

宝月ほうづき幸太郎です」

「えーっと、宝月さん宝月さん……あった。はい、じゃあここに手をかざしてね」


 バインダーにペンを走らせた職員のお姉さんが手で促す。

 緊張で足が震えていた。そんな俺の姿にお姉さんは訝しそうにこちらを見つめる。


(俺は、俺はダンジョン探索者になってお金を沢山稼いで……妹にお腹いっぱいご飯を食べさせてやるんだ!)


 そう心の中で呟いて、俺は勢いよく機械に手をかざした。


 だが――


「あれ……?」


 隣にいるお姉さんの声だけが、俺の耳に届いた。

 俺がずっと待ち望んでいた、あの機械音声は……流れない。


「宝月さん……言いにくいようだけど……あなたはジョブなしです」


 真っ白になった頭の中に、今朝見た妹――天音の笑顔がよぎった。


「……ハロワ、行かないとな……」



 この日、俺の夢と希望はあっけなく打ち砕かれた。



 ***



「おはようござい――」

「あぁ!? またバックれられたぁ!?」

「うぉっ……」


 出社した途端、社長の馬鹿でかい怒鳴り声が耳に響いてきた。怒り心頭の様子で電話越しに喚き散らしている。

 話の内容的にまた新人に逃げられたんだろう。可哀そうなこった。


 しかし俺にはなんの関係もない。というか関わりたくない。社長の機嫌が悪い時は波風立てぬのが吉。

 なので、事務所の隅をこぉっそり移動しながらロッカールームへ移動しようとしたのだが――


「おい、幸太郎」

「あっ……すぅー……なんですか?」


 いつの間にか電話を切っていた社長が不機嫌そうなツラで俺を見ていた。

 どっかりと椅子に座って、とんとんとんと机に指を打ち鳴らしている。


 あぁもう、絶対めんどくさいやつじゃんこれ……。


「新人が一人バックれた」

「そうなんすか。大変っすねー」

「今うちは人手不足だ。ダンジョン清掃なんて地味で汚くてキツい仕事なんざ誰もやりたがらねぇ。そうだろ?」

「そっすねー」

「そっすねー、じゃねぇ! てめぇは自分の仕事に誇りを持てアホンダラ!」

「え、あ、はい……すみません」


 え、なにこの理不尽。なんで怒られてんの俺。もう帰っていいですか?

 俺に対するお説教という盛大に脱線したありがたーいお話を、俺は無の状態で受け流す。誰かこのおっさん止めてくれ。


「ったく。で? お前、今の担当はどこだ」

「吉城寺ダンジョンです」

「あぁ、そうだな。あそこの地区は探索者が少なくてゴミも少なくて治安もいい。良いところだよなぁ?」

「…………そっすね」


 やばい。この流れはやばい。かなりやばい。

 もう未来見えた。最悪な未来が。


「お前ももう、うちで働いて5年だ。そろそろステップアップの時期だろ?」

「いえ、俺なんてまだまだぺーぺーなんで――」

「そういう訳で、お前は今日から歌武伎町ダンジョン担当だ。よろしくな」


 その言葉が呑み込めなくて、一瞬時間が止まった。


「はっ……え!? ムリです! ムリムリムリ絶対ムリです! あんな所に行ったら俺三秒でノされますよ!! カツアゲされておしまいです! 俺ジョブなしなんですよ!?」

「俺も心苦しい。あんなところにジョブなしのお前を送らないといけないなんて。恨むなら人手不足のこの業界と社会を恨め。あと探索者免許を持ってる癖に根性なしのバックれ新人」


 それを言ったらまず真っ先に恨むのは上司であるてめぇだろ、このくそったれ……!


 なんて文句を言うことなんざできる訳もなく、俺はただ頬をぴくぴく引き攣らせて不格好な愛想笑いを浮かべた。


「ジョブなしでも清掃員として立派に働いてるお前を俺は評価している。これはまさしく栄転というやつだ」

「じゃあ給料上げてください」

「人手不足が解消されて業績が上がったらな」


 それ実質無理って言ってるようなもんじゃねぇか。


 俺は小さくため息をつく。言いたいことは山ほどあるが、社長の命令なら拒否することはできない。こんな理不尽くそオヤジでも、中卒でなんのスキルもない俺に仕事をくれたのは事実だ。

 その恩には最低限報いなければならない。


「……分かりました。行きますよ。吉城寺の方には――」

「そっちは別の新人を寄越すから心配すんな」

「はぁ、じゃあまぁ……とりあえず行ってきますね」

「おう、頼んだぞ」


 俺はとぼとぼとロッカールームへ行き、仕事着に着替えて――


 そのままロッカーの扉に頭をごてんと預けた。


「……最悪だ」


 今の今まで割と平穏無事にやってきたのに、なんでこんな目に……。

 これも全部社長のせいだ。でも恩もあるしな。恩がなかったら辞めてるわ。あぁくそ。


「いや弱気になるな。これも天音のためだ」


 天音――妹のためにも、俺は稼がないといけない。そうだ、今回頑張れば手当てくらいは貰えるかもしれない。かも、しれない。望み薄だけど。


「はぁぁぁ……行くか」


 これは試練だ。ダンジョン清掃員5年目にして与えられた試練。

 だってそうだろう?


 歌武伎町ダンジョンは国内屈指の治安の悪さを誇り、喧嘩や窃盗は日常茶飯事。

 不法投棄、闇取引、薬、犯罪、なんでもござれの最低最悪のダンジョンなのだから。

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