14. オレが選んだ果てのオレ
「じゃあ……キミは、ここにいたい?」
やらなきゃいけない何か。置き去りにしちゃダメだ。
けど、いまのオレじゃどうしようもねぇ。
見ないフリしてここに居座ろうとしているオレは、もっとダメだ。
選ばせる意味、あんのか?
もう腹は決めたつもり、だったんだけどな。
吐いた息が腕にかかって、真後ろから誰かに銃口をつき付けられたような気分になった。
いてもたっても居られなくなって、その場で立ち上がった。
……錯覚だ。落ち着けよ。
もう一度頭を空にしたら、今度は、京子が笑いながら、顕微鏡を覗いていた。その横でノートを取ってるのは司だ。筆圧の強いチョークが、黒板を真っ白い線で埋めていく。
あれかな。人が受けたショックを和らげるために脳が見せるってやつ。
よりによってこんなとこまで来て授業風景かよ。
でも、さっきの戦場と一緒。
授業、出てたはず。なのにその場にいた感じがしねえ。楽しかったとも、つまんなかったとも。
うすうす気づいてはいたけどな……。
「そりゃ、楽しいよ、ここは」
そう言ってやったら、綾乃は、一瞬だけ嬉しそうな顔を見せた。オレをこっち側に引き止めたいらしい。
迷いはしたが、更に付け足した。
「……と、言いたいところだけど、無理だ。わかっちゃったしな」
綾乃の嬉しそうな表情が消えるのは目に見えてた。
一番びっくりしてるのはオレなんだ。我ながらどうかしてる。
けど、こっちでもない以上、それしかねぇ。
みんなには転校したとでも言ってもらって。ショースケの記憶に戻してもらうのが、一番いい気がする。
「ショースケの記憶ってさ、もっとまともに戻せねぇの?」
消せるなら、ショースケの記憶だってとっくに消してるはずだ。
思い出せないところに押し込むだけで、どっかに残ってんだ。
少なくとも戦場の記憶はそれだ。
言い切って、ふと綾乃の表情を窺った。
言葉も返さず。ただ、じっと口を摘むんで、時折何かを言いたそうに唇を動かしている。目はずっと、オレから逸らしたまんまだ。
最初は泣いてるのかと思った。けど違ったんだ。
ゆっくりとこっちに向けた綾乃の目が、責め立てるようにオレを睨む。
なんも言葉が思いつかねえ。そんな顔をする理由は、なんとなくわかるんだけどな。
「なんで、あいつの事にこだわるの?」
「……お前こそ、どうしてオレを作ったんだよ?」
そうすりゃ、オレはこんなややこしい思いしないで済んだんだぞ。
騒いでも意味がない事はわかってる。でも、文句くらいは言わせろ。
綾乃は、一度小さく息を吸い込んでから、ポツンと答えた。
「あいつはあのままじゃ……生きてなかったもの」
「どういう事だよ?」
生きるだの死ぬだの。……やっぱ、オレの知ってる綾乃じゃ、ねぇ。
「あいつの記憶、見たでしょ?」
「……ああ」
答えてから、オレは口を手で覆った。
胃液が喉元をついて出て、その場に沈み込んだ。ちょっと楽になった。
思い出したくもないのに、感触そのものが、体中のあちこちで再現される。
なのに、肝心なところは、こいつの操作で、ぼやけてる。
「大丈夫? 苦しいの?」
「へー、心配はしてくれるんだ? 一応」
オレは続けた。
「生きてないって、どういうこと?」
綾乃は、俯き気味に視線をおろす。
「バカだよ、あいつ。ラボに勝てないのは目に見えてるのに……」
後ろの言葉は途中で途切れた。
「何があったんだよ」
綾乃は、少し言い淀んだあと、ゆっくりと口を開いた。眉根に小さく皺を寄せる。
「みんな、ずるいよ。ショースケだけに罪を被せて」
オレが口を挟む間もなく、綾乃は言った。
「……だから、ショースケを連れ戻す担当、私に変えてもらったんだ」
「連れ戻しに来たわけじゃねぇんだろ?」
連れ戻すなら、こんな面倒な事するわけがねぇもんな。
その問いも、次の一言でなんとなくわかっちまった。
「戻ったら、キミは……自由に動けなくなっちゃうの。……でも」
あまりにも小声で、言いづらいやつだってわかった。タクトの言ってた、アレかもしれない。
……綾乃の口から言われると、なんか堪えるな。視界に何かがじわっと滲んだ。
唇を噛んだ後、綾乃は言った。
「——キミが、この時代に溶け込んでる限り、ラボは手を出せないから」
「手を出せない?」
「この時代の人と関わりを増やすの。ショースケ抜けたら時代に影響が出るくらいに」
頭の奥で、何かが弾けた。
心臓の音が強く聞こえる。
ラボに連れ戻されるとショースケが危なくなる。
ペナルティを受けた人間はその時代で生きていかなきゃ歴史に影響が出るんだった。
この時代の記憶で作られたショースケがオレ——
……ってことは。
わざとこの時代に縛りつけて、ラボが手を出させないように?
それ、もしかして——。
オレを守ろうとした……ってことか。
けど、オレより、綾乃の方が気になった。一瞬だけど、何かに怯える表情してた。いつだったか学校サボってこっそり遊びに行った時、知り合いが見てねぇか窺うような不安げな顔。
「連れ戻せなかったら……お前もヤバいんじゃねぇの?」
綾乃は少し意外そうな顔をした後、気を取り直すように強気な目に戻った。
「あたしのことは大丈夫。うまくやる。それより、キミには、ここにいてもらわないと困るんだ」
躊躇いがちにその場で言葉を切る。
「それにはやっぱり、今のことも……」
それから紡ぎ出された最後の一言に、オレは、どうリアクションをとればいいのか、判らなくなった。
「——別の記憶で、忘れてもらうのがいいみたい」
忘れるって言葉に、心拍が早まって、耳が過剰に反応した。
イヤになる。毎度毎度……頭が追いつかねぇ。
辛うじて声が出たのは、一呼吸遅れてからだった。
「忘れるって、どういうことだよ?」
そこにオレの意識はあるのか。
また、ニセ記憶で上書きされて、そのまま生かされんのか?
「……あんな世界、自分とは関係ないって言ってくれれば、キミの中のショースケの部分は、自然に消えたんだよ」
もう一つの選択肢を選んでいたら、どうなってたんだろうな。もう選ぶ気もねぇけど。
「説明はいい。……で、オレ、何されんの?」
綾乃はそこに何も触れなかった。
「最初から元のショースケのこと知ってたでしょ。操作の時に漏れる量、予想外だった」
背筋に冷たいものが走った。言葉の端から、ヤバそうなことだけは想像がついた。
「まずいんだよね。これ以上戻っちゃうと」
そっか。漏れるって、記憶が逆流してるって事か。
——その時。
急に口の中に鉄の味が広がった。
誰かに武器で殴られそうになって、思わず屈む。瞬間、鉄パイプみたいなモノを振る音が、耳を掠った。
「!?」
なんだこれ?
唾液と一緒に何かが溢れる。思わずその場に吐き出す。
これ以上何か喰らったらヤバい。逃げなきゃ。
綾乃は? 無事か?
一瞬、何か別の画像が混ざった。
焼き魚の匂いを嗅いだ気がした。何か喋ってる。
オレの部屋? タクトとレイと三人で、メシ食ってる。
……いや、そんな事してねぇだろ。
振り返ったら、心配そうな綾乃の顔があった。
「まただね。さっきも症状出てたでしょ」
武器を持った敵なんてどこにもいない。
匂いも音も消えて、オレの妙な呼吸だけが耳についてた。
……今の、幻覚、か?
すげぇリアルだった。それに、さっき見せられた映像にはなかったやつだ。
握り込んだ手に汗が溜まってる。
綾乃は言い辛そうに口を閉じて、オレから目を逸らす。
「——最悪、心も壊れちゃう」
また心拍が速くなった。
……壊れるってなんだ。
確かに、さっきみたいな幻覚を繰り返されたら、そのうち、どっかおかしくなるかもしれねぇ。
寒気がしてきた。……これ以上余計な想像すんな、オレ。
「……なんだよ、それ」
選ばした意味、なくね?
綾乃は、じっとこっちを見ていた。
「ごめんね」
これってもう、詰みだろ。
——くそったれ!
___________
ここまで読んで下さった方、
読むのに時間使ってくれてありがとうございます。
将介が飲み込んだ怖さや覚悟、少しでも胸に残ったなら、ぜひ感想や星で声をお聞かせください
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