4.こんなノートじゃ即バレる
公園でタクトが倒れた後、見兼ねて、アパートに運び込んだ。
40度越えの熱。危ねぇ。
救急車は、レイが異常に嫌がった。
四畳半に三人。うち一人は布団をほぼ占拠。密集率が半端ない。
オレなりに、レイに話しかけてみた。
夕メシに買ってきた弁当、半分分けたら、威嚇するように見るだけで、手ぇつけない。
ほとんどしゃべらず、ちらっとこっちを見ても、すぐに目を逸らす。
内容によっては返事する事もある。あるけど、声が小さ過ぎ。公園の通る声はどこ行った?
極め付けは、声を少しでも拾おうと、ちょっとでもオレが動こうものなら、周りにドス黒さが見えるくらいの近寄るなオーラを出してくる。
「その制服、何処の? 学校も行ってないんだろ」
……マジ勘弁。話が進まない。
「さっきから、オレしか喋ってねーし」
何とか聞き取れた話をまとめると、二人は幼なじみで、十五歳。丸三日、飲まず食わずで公園で暮らしていたらしい。家出、か?
肝心な部分も聞けずにいた。
ショースケは消された。
……これ。ずっと引っかかってる。
言った本人は、変な呼吸してる。回復するまで、答えはお預けだ。
タクトの額に乗っけた氷嚢代わりの氷袋が、水に変わってる。取り替えたら、冷凍庫の氷皿が空っぽになった。
「ちょいコンビニ行ってくる。あと、行くとこねえなら、しばらくいていいから。治ったら、家にちゃんと帰れよ」
レイは膝を抱え込んだまま、ピク、とこっちを見た。
「……がとう」
何か言ってるけど、小さくてよく聞き取れなかった。けど、これまでで一番長く目が合った気がした。
可愛げのないガキだが、このまま放って何かあったら、マジで寝覚めが悪ぃ。それに、目を離すと、答えを聞けないままどっかに行っちまいそうだ。
◇ ◇ ◇
「オイ、シート買ってきたから……」
部屋に戻ると、空になった弁当箱がきちんとゴミ箱に捨ててあった。
「しっかり食ってるし」
腹減ってたくせに。なに意地になってんだか。ちっとも懐かなかったネコが、初めて自分から寄ってきた気分。
タクトの寝ている布団の上に、レイが重なって寝ている。警戒心がなさそうな、幼児みたいな顔。威嚇してきたのが嘘みてぇ。
あ、オレ今ちょっと見過ぎた? いや、別に変なこと考えてたわけじゃねーし。……ああ、そうだ。タクトに冷え冷えシートでも貼っとこ。
時計を見たら十二時をとっくに過ぎていた。
「……そろそろ寝るか」
布団は二人に占領され、寝るスペースもない。
壁にもたれて、タオルケットでも被ってりゃどうにか眠れるか。
◇ ◇ ◇
……耳の奥で何かが鳴った。
重くて、大きい、金属を乱暴に叩きつけるような。
何の、音だったっけ?
夢現で考えてたら、聞き慣れたラジオ体操第一が、軽やかに窓から飛び込んできた。最近の目覚まし代わり。六月の今頃から始めるうちの町内会はかなり変かもしれない。
それはともかく、背中と腰が痛ぇ。変な姿勢で寝て、疲れが取れてねー気がする。
タクトはまだ動ける状態じゃなく、布団の中でうなっていた。……レイは?
「……ん?」
気がつかなかったが、部屋の中が、いい香りで充満していた。食欲をそそるうまそうな匂いはなんだ? しばらくぶりに聞く、ジューというフライパンの音。
「おまえ……」
台所に、レイが立っていた。慣れた手つきで、フライパンを揺さぶっている。
「すげー」
炊飯器の中のメシはすでに炊けて、みそ汁まである。
「全部、作ったのか?」
レイはこっちを見ずに、小さくうなずいた。
まともな朝メシ。久しぶり! うまそー。たまらず、みそ汁を味見。
鰹節がふわっと香ったかと思うと、ちょうど良い塩加減の味噌が口の中を追っかけてくる。
「ううう、うめぇ!」
思わず唸るうまさ。
傍にはインスタント味噌汁の空袋。お湯を注ぐだけのやつを、味噌水と呼びたくなるほど全くの別モン。それに、この味、どこかでも食ったような……。なんか懐かしさすら込み上げてきた。
「レイ、天才か?」
レイの頭がちょっと揺れた。そういえば、昨日よりもレイが近くにいる。けど、息が詰まる感じがしない。空気にまとわりついていた棘みたいなのが抜けて、好きに動けば? と言われているみたいだった。
とその時。
オレはふとあることを思い出してその場で硬直した。
「……なんだって今頃思い出すんだよ!」
前々から出されていた数学の宿題。ペナルティがやたらでかい。『放課後居残り補習十日間』。
ノートは当たり前のように白いぞ。
「やべー!」
開き直るか? いや、でも、貴重な放課後を十日間も監禁されるのは痛すぎる。
「うわー! オレのバカぁぁぁ!」
時刻は六時。オレの頭で、四十問もの三次方程式を解くには、三日くらい時間が足りない。
わずかの間、考える。
「………とにかく、メシ」
宿題なんぞやらなくとも、死にはしない。誰かのノート写そう。多分間に合わないけど。
ノートを放り投げてから、タクトの寝ている布団を壁の隅に追いやり、食べる場所を作る。
と、放ったノートをレイが拾いあげた。
「よせよせ、んなアタマ痛くなるもん」
レイはオレを見たあと、すぐにノートを開いて目を通しだした。
「……これを、解くの?」
これまでで一番はっきりした声だった。
「そうだけど」
「書くものを……」
「んー? 机んとこ」
机に転がっているシャーペンを取ると、レイはものすごい勢いでノートに走らせた。
「……おいおい」
気づいたら、箸止まってた。十五ページくらいあったはず、十ページは既に捲られて、残るところ、あと数問。
しかもなんかちょっと楽しそうだぞ。目ぇキラキラさせながら、リズムを取るように頭を揺らす。
「お前、それでホントに解いてるの?」
模範解答か? 数式がどんどん書き込まれていく。ページが次々と繰られ、最後の答えを書き終える。
解き終わったレイは、口元にうれしそうな笑みを浮かべると、ノートを差し出した。
「なんつー頭してんだ」
時刻は六時半。三十分も経ってなかった。
レイも満足そうだ。周りの空気も軽い。
やべ。顔、ニヤける。
「マジで天才か!」
ちょっと大げさなぐらいにノートを閉じる。
「これで補習解除。十日間自由の身! よっしゃー」
……まぁ、秒で代筆したのバレるんだろうけど。
バレない奇跡に賭けとくわ。
……タクトが起きるまでは、こんな風に笑っていられたんだ。
___________
ここまで読んで下さった方、
読むのに時間使ってくれてありがとうございます。
レイの特技に意外性を感じた方、将介のアホっぷりに吹いた方、ぜひ感想や星で声をお聞かせください
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