誰への台詞

如月ふたば

第1話

 休憩室に行くと、静香がサラダを広げている姿を見つけた。

 彼女の目が合うと、静香は隣の席に置ていたバッグを自分の方へと寄せたため、私は彼女の横で昼食をとることにした。


 私が座ると静香は「はぁ」と、溜息を付きサラダをフォークでつつく。


「食欲が無いの?」と尋ねると「うん……」と静香は力なく相槌を打った。

 今、静香と付き合ってる男って誰だっけ?

 それとも、面倒な仕事を押し付けられちゃったのか。

 頭の中に考えを掛け巡らせ、私は彼女に「大丈夫?」と声を掛けた。


「大丈夫じゃないっ!!」

 静香の叫びに、周囲の動きが少しだけ止また気がする。

 彼女は周りの動向には気付かず「だってさ元子もとこが辞めたせいで、」と、堰を切ったように話し始めた。

 私は静香の話を聞きながらも、周囲に視線を動かし頭を小さく下げておく。


「元子って良いよね。急にさ親の介護?だか手伝い?で、仕事辞めちゃって。お陰でウチがお局のイライラや仕事ぜーんぶ押し付けられる羽目になったのよ」


 私は静香の話に相槌や彼女の意に沿う、励ましのような言葉を掛けながら思い出していたことがあった。

 それは彼女の溜息の「原因」だという元子のこと。


 普段はもちろん、仕事を辞める前日でも元子は笑顔だった。


 以前、私は前日の仕事の遅れを取り戻すため、かなり早く出社したことがある。

 その朝に、自販機のジュースを買うため休憩室に寄ると元子が既に待機していた。

「田舎だから電車が少なくて」と、時間ギリギリになるのが嫌だからと早めの電車に乗るのだという。


 この仕事に就いてから、元子は始業時刻の30分程前には着替え終え、休憩室で待機していらしい。


 この日以来、私は早めに会社に着くと彼女と数分を休憩室で過ごすことになった。


 元子が仕事を辞める数日前のことだ。

「おはよう」と彼女に挨拶をすると、本当に一瞬だけ曇った表情と遅れて普段通り笑顔の「おはよう」が返って来た。


「大丈夫?気のせいか疲れているように見えるけど」

 私が元子に聞くと「大丈夫、大丈夫」と普段以上の笑顔で答えた記憶がよみがえった。

 そしてその翌日、彼女は仕事を辞めるとたった一言人事に告げた。


「ねぇ、ちゃんとウチの話聞いてる!?」

 静香の叫びで私は思い出していた元子の「大丈夫、大丈夫」から呼び戻された。

 

 もしかして彼女の大丈夫は私に言ったんじゃなくて、元子自身に言い聞かせたいたんじゃないかな。と、今更答え合わせの出来ない答えを考えていたのだった。

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