「ぬるぽ」と云えば……

　それは爽やかな初夏の頃。

　私ことフランシス・デュリー伯爵令嬢が旅行先を散策中に疲れて公園のベンチで一休み中、無意識に口から飛び出した独り言。

「ぬるぽ」

　に

　「「「ガッ！」」」

　と、勢いよく返した3人の男女。

　お互い顔を見合わせ、目と目で通じあっちゃいました。

（あ、転生者！）だと。

　私が転生者だと気づいたのは物心ついてからでしたが、物心つく前から謎の言語（おそらく日本語）で独り言を喋っていたそうな。

　精霊がいて魔法が使えるファンタジーな世界に生まれ、自分が現代日本からの転生者だと気づいてからは記憶を掘り下げようと試みてみたけれど、あまりちゃんとしたことは思い出せなかった。

　ただ、ふとした拍子にキャッチーなCMソングが頭に浮かんで鼻歌を歌ってしまったり、エセ関西弁で「なんでやねん」とツッコミをいれてしまったりなんかしちゃったりして。

　家族は優しくも生温い目で見てくれるけれど、他の人はそうもいかない。　謎の言語（日本語）で独り言を言っているのを聞かれて、一部では変わり者令嬢と呼ばれてしまっていた。

　自分も含めて白いドレスの令嬢がひしめくデビュタントボールで

「驚きの白さ」

と心の声が漏れてしまったのは仕方がないと思うのです。仕方ないったら仕方ない！

　キャッチーなCMソングとか前世で聞いた曲をつい鼻歌で歌っていると、「この曲発表していい？」と聞いてくる父を止めるのにちょっと苦労する日常のひとコマ。

　平和ですね。

　変わり者令嬢として有名になりつつあるけれど、嫌われ者令嬢ではないので「まあ、実害は無いし」とちょっとは気を付けつつ開き直って生きています。

　伯爵家の二女としては、婚約者が決まらないことに焦りを覚えつつありますがね。

　きっと変わり者令嬢だからでしょう。外見が地味だからじゃないと強く強く思うのであります。

　嫁入り先募集中！　なんてね。

　閑話休題。

　さてさてさて、公園で偶然居合わせた転生者4人。

　お忍びで領地を視察中の小公爵様。クールな雰囲気のイケメンさんですね。

　ビジネスチャンスを求めてやってきた女性に人気の新進気鋭の若き商人さん。甘いマスクのイケメンさんですね。

　お忍び旅行中の隣国の王女様。可憐！　圧倒的可憐！

　そして地味な私（なんでやねん！　ちょっと悲しいぞ）

　目と目で通じあったすぐ後に、お忍びで領地視察中だった小公爵様によるご招待という名の拉致により公爵家の豪奢な応接室で簡単な自己紹介をしたり、「どこまで覚えてる？」なんてキャッキャと日本語ではしゃいだのでした。

　小公爵様は学生時代にふと思い出したそうで、商人さんと王女様は私の「ぬるぽ」を聞いた瞬間に思い出したのでまだ混乱中とか。

　それなのにすでに前世の知識を今世に生かすべくビジネスのお話をしている3人。

　私はすっかり蚊帳の外。（もう帰ってもいいですか？）という心の声を隠しつつ、ひたすらお茶とお菓子を堪能するのでありました。さすが公爵家、お茶もお菓子もとても美味しいです。

　3人がビジネスのお話をまとめ、私が蚊帳の外でお茶とお菓子でお腹をタプタプにしてお別れしたその日から、なにやらいろいろ動き出しました。

　ビジネスには蚊帳の外の私ですが、小公爵様ことベンジャミン・ネイヤー公爵令息様から「これも何かの縁だから」と進捗報告を受けたり、贈り物をいただいたり、お誘いを受けたりしていたらすっかり外堀が埋まり、ベンジャミン様のお膝の上でお菓子を餌付けされています←今ここ

　「なんでやねん」

　という私のエセ関西弁のツッコミを笑って受けてくれるのがちょっと嬉しい。

　ベンジャミン様はデビュタントボールで「驚きの白さ」という日本語を聞いて、誰が言ったのか探していたそうな。

　どうやら私は見つかってしまったようです。別に隠れてはいないけれど。

　こうして、嫁入り先募集中の私は公爵家に嫁入りすることになり恐縮しきりでございましたとさ。

　そしてそして、ベンジャミン様達お3人が始めたビジネスは大成功。

　隣国を巻き込んで『光精霊通信』が爆誕。

　「ぬるぽ」を時に呟き、時に囁き、「ガッ」と返した人を仲間にして巨大ビジネスに発展。

　いずれスマホも開発されそうな勢いです。

　『世界に広がるぬるぽの輪』

　なんちゃって。