第13話 激乱の異変調査
「ヴゥゥゥゥ……」
地を鳴らすような唸り声。
一歩一歩が、木の葉を舞い散らせ、木々をなぎ倒しこちらににじり寄る。
「グルゥゥゥ……」
━━━━━━翌日。
今日は何か、外が騒がしい。
気になって外に出てみると、何人もの鎧を着た人たちが門の前で集まっていた。
だいたい20人。顔は見えないが、立ち振る舞いで緊張しているのがわかる。
よくよく見ると、兵士ごとに鎧の具合が違うようだ。
ボロボロのものと傷がほとんどないもの、大きく分けてその二つ。
「(派遣されたのは10人だけ……?他はこちらでそろえろとでも?田舎貴族に無茶をさせるつもりなのかこの国は……)」
後ろから低い声の独り言を上げているのはアラム。
表情は、いつになく暗い感じ。
気づいていないのか、俺の方にはちらりとも向いてくれない。
「お母様、行ってきます」
無理をするように声を張るアラム。
なんだか少し、心配だ。
門を開け、外の兵士と合流する。
「行くぞ」
そう言って、アラムは遠くの方へと、消えていった。
「あ!」
そういえば忘れていた。
今日は、素材集めをしないといけない日だ。
(あれって……あの森にあるんだっけ?)
だが、カナンに入らないようにと言われている。
(浅い所なら、大丈夫だよね!)
そうして俺も、着いていくように外に出た。
━━━今日は、お兄様が調査に行く当日。
なんでも、危険な魔獣が浅い所にも現れているとかなんとか。
「ハベルおはよー!」
そう言いながら、ハベルの部屋の扉を開ける。
監視のためにも、今日はいつも以上に構わなくては。
「あれ?ハベル?」
ベッドを見るけど、あのかわいい姿がない。
今は早朝。
いつものハベルならまだ寝ている時だし、起きて早々来たのに。
振り返ってきた廊下を確認するけど、やっぱり誰もいない。
朝特有の暗さが少し目立つほど。
時間的にメイドもまだ来ていない頃。
まさしくもぬけの殻。
それが、焦り、動揺を掻き立て、私から血の気を奪っていく。
そんな時だった。
誰かが私の肩を優しく叩いた。
「ダフネちゃん?どうしたの、大丈夫?」
振り返ると、すぐそこにいたのはいつになく心配そうな顔をしたライラちゃん。
「ハベルが……ハベルがいないの!」
「え?」
そう言って、横から私の奥を覗く。
「ほんとだ……」
最悪の事態が頭でこだまする。
その景色が浮かぶたび私の息が早くなり、そして━━━
「……ちょっと、行ってくる!」
耐えられなくなった私は、一階へと駆け下りる。
「待ってダフネちゃん!」
そして、後からの足音を無視して外へと飛び出した。
━━━ストレア領に生まれて12年。
この天視の森は目と鼻の先だったが、意外にも入ったことはなかった。
初めて踏み入るのが、こんな異変調査になるとは。
「ここから先はすべて危険区域だ。気を引き締めてかかるぞ!」
「「「はっ!」」」
半数が返事する。
それはすべてこの地の兵。
俺がまだ12歳だからか、派遣兵には信用されていないようだ。
この亀裂が大きな結果を生む前に、何とかしたいものだが。
そんな不安を抱えつつ、俺は森の方へと振り返り足を進める。
大樹が無数にそびえ、落ち葉が地面を覆っている。
そのせいか、まだ晴れた朝だが曇りのように日の光をまるで感じない。
目印にと持ってきた光る魔石も活躍できそうだ。
そして俺たちは、その魔石を等間隔に置きながら奥へ奥へと進んでいく。
まだ魔獣の気配はないが、暗いせいかずっと視線を感じるような。
少し不気味だ。
「落ち葉が水気を含んでいる。滑らないよう━━━」
言い終わる前に俺がズルンと滑ってしまった。
「「ブプッ」」
派遣兵たちが口を抑え笑っている。
(これは、完全に舐められているな……)
「アラム様大丈夫ですか?!」
「あ、ああ」
心配そうに駆け寄るこの領の兵たち。
「(おいおい大丈夫かよ)」
「(優秀とは聞いてたが、所詮まだ子供だな)」
俺の手を引き持ち上げると、ヒソヒソと話す方を睨みつける。
溝はまだ、深まる一方のようだ。
そうして少し足を止めた俺たち。
しかし、微かに足音が鳴る。
「っ!」
俺が警戒態勢をとると同時に、緊張感が一気に走る。
どんどんと大きく、近くなる足音。
音の間隔からして四足だろう。
やっと姿が、本体が見えた。
「な、なんだあの……」
「でっけえイノシシ!」
姿がはっきりした途端、大きな牙を向けこちらへ急加速してくる。
地面から伝わる振動。
突き刺すように飛ぶ威圧感。
「ひっ!こんなの無理に決まってるだろ!」
それらに気圧された派遣兵たちは、7人が来た道から逃げ、3人が腰を抜かしてしまった。
それでもなお、勢いを上げながら近づく奴を、地面に押しつぶすようにイメージして━━━
「《
瞬間、周りの落ち葉がくしゃりと音を鳴らし、前のイノシシが地面へと崩れ落ちる。
「グゥゥ……」
低く苦しむような唸り声。
少しの罪悪感がわいてしまうのは、俺がまだまだ未熟な証拠なのだろう。
「《
そう唱え、イノシシに近づき、持っていた剣を振りかぶりなんとか立ち上がろうとする体の首めがけて振り下ろす。
(すまん)
かなりの上物のおかげか、何の抵抗もなくその首はズドンと地面に落ちた。
かけていた魔法を解き、緊張を抜くように大きな胴体に腰掛ける。
「この先何が出るかわからない。覚悟がないものは今のうちに帰るように」
そう言うと、先ほどまで腰を抜かしていた3人が、とぼとぼと来た道を戻っていった。
残ったのはストレア領の兵士のみ。
(まあ、仕方ないか)
それにしても、こんな浅い所でこれが現れるとは。
この先はより気を張って挑まねばならないようだ。
「ここで少し休憩するぞ」
「「「はっ!」」」
そう言って、殺したイノシシの解体を始めようとしたその時。
「おにい…ちゃん?」
━━━「まってダフネちゃん!」
玄関から飛び出した私を、肩を掴んで止める。
「離してっ急がないと!」
「だから待って!」
強く掴むライラちゃんごと連れていくみたいに、強引に足を進める私。
「一回落ち着いて!」
ライラちゃんが声を荒げた。
たしかに、今のパニックな私が行っても、無駄かもしれない。
力のこもった足を止め、ライラちゃんの方を向く。
「でも、ハベルが……」
「気持ちはとってもわかる。でもね?あの森は信じられないぐらい深くて広いし、何より危ないの。ダフネちゃんも、ほんとはわかってるでしょ?」
励ますために笑ってくれているけど、私にはわかる。
ライラちゃんも、ものすごく焦っていることが。
「だから、一人で探しても、きっと見つからないよ」
「じゃあ…じゃあどうすれば……」
「ほら、私がいるでしょ?」
「え?」
「知ってる?雪豹って、鼻もいいんだっ」
自慢げにそう話す顔は、まっすぐ私を見ている。
「で、でもっ」
「私に守れるかわからないけど、友達が困ってる時くらい手伝わせてよ。だから、ほらっ」
そう言いながら、四つん這いになって━━━
「乗って!」
「…うん、わかった!ありがとう!」
私より少し大きい背中にドサッと乗ると、風に逆らうみたいに走り出す。
風が気持ちいい。
だけど、今はそれどころじゃない。
(待っててね、ハベル!)
そして、私たちは軽やかに柵を飛び越えた。
━━━奥の草むらから顔を出したのは、ハベルだった。
なぜこんなところにいるのか、思考が停止して答えに辿り着かない。
「な、なんで……」
「いや…その……まよっちゃって……」
わかりきっていた答えに、俺の心はひどく安らいだ。
しかし俺は、落ちた肩を上げ━━━
「ハベル!来るのと言われたのに何で来たんだ!」
いつもながらの虚勢を張る。
「ごめん…なさい……」
ハベルのしおれた顔を見ると、どうも胸が痛い。
「はあ……とりあえず、光の方から戻れ。そうしたら━━━」
自分は悪くないと頭を騙しながら、2文目を発した瞬間。
奥から、地を踏みしめるような音が鳴る。
「!!」
俺が構えると同時に、後の兵士たちも構えた。
ものすごい轟音。
何か大きなものが倒れるような、そんな音。
やっと姿が見えた。
「あ、あれは……!」
「キリングベアー!」
陰樹を視界から隠すほどの巨体。
分厚い肉に、それを覆うように生える焦げ茶色の毛皮。
図鑑で見たものより大きい、A級の化け物だ。
「全員!ハベルを守れ!」
こちらに気づいたのか、四つ足でこちらに走ってくる。
ものすごい速度。先のイノシシよりもいくつか速い。
「グアアァァ!」
雄たけびを上げながら速度を上げる。
とてつもない威圧感。
そして、奴が右手を大きく上げた瞬間。
「《
大きな巨体が地に伏せると同時に、待っていた木の葉もくしゃりと音を立てて崩れ落ちる。
「くっ!」
体力が、内側からすり減っていく感覚。
うちの魔力が、どんどん減っていくのがわかる。
「アラム様!」
「急ぎこちらへ!」
後ろから兵士の声。
魔法は通れば遠いほど、範囲が広いほど魔力を消費する。
今でもギリギリだ。
これ以上離れると、魔法の威力維持が危ない。
すると、後ろから微かにかける声が。
「━━━ベルー!」
聞き馴染みがある。
この声は━━━。
「ハベルー!」
「おねーちゃん!」
ダフネの声だ。
しかし足音は、まるで4足でかける獣の様。
「おねーちゃん、なんでここに!?」
「それはもちろん、ハベルを探しによ!ライラちゃんが連れてき━━━」
「ダフネちゃん下がって!」
活発な足音が、すっと止まる。
「なんで?!」
「前のあれが見えないの!?あれは本当に……今すぐ逃げないと!」
「で、でも……」
そして俺は、ここぞとばかりに声を張る。
「ダフネ!ハベルを連れて逃げろ!」
「え、いや、いやよ!」
声を震わすダフネを無視して、俺は口を開く。
「全員、ハベルを守りながら撤退しろ」
淡々と言ったつもりだが、少し震えていたかもしれない。
「で、ですが!」
「犠牲なら我々が!」
すると、前に伏せるクマが、むくむくと、ゆっくりと起き上がってきた。
そして、二足で立ち上がると、ゆっくり、ゆっくりと足を進める。
「ヴゥゥゥゥ……」
地を鳴らすような唸り声。
一歩一歩が、木の葉を舞い散らせ、木々をなぎ倒しこちらににじり寄る。
「グルゥゥゥ……」
「頼む……命令だ!」
「どうしてですか!」
「我々の方が……アラム様は━━━」
「俺は、ストレア領の次期当主だ。だから…村のための屍は一つも築かない。俺が統治する、輝かしい未来に咲くストレリチアの花に誓って!
《
そういって、俺は前の怪物目がけて走り出す。
左から右上へ、大きく振り上げる。
クマは、俺の攻撃をはじく様に横へと振る。
━━━「頭を使いすぎて動きが遅いぞ!もっと直感を使え!」
━━━俺はその手をやめ、腰をスッと落とした。
クマの攻撃は空を切り、落ち葉を舞い散らせ、近くの木をへし折る。
腹部ががら空きだ。
この隙へと縋りつくようにして、剣に魔力を存分に込め、先とは逆の方向に剣を薙ぎ払う。
「グアアァァ!」
肉の感触。
剣から伝わる血。
確実に切れている。
「はぁぁあああ!!」
俺は、命を断ち切るように振り切った。
血しぶきが辺りに散る。
達成感。
静かに、立ち尽くすクマ。
先の威圧感はもうない。
そして、尽き果てるように右ひざから倒れそうになった瞬間。
大きな左の熊掌が、俺の右半身を弾く。
勢いのまま、3m先の木へと衝突した。
「ぐうぅ!」
中で骨が砕ける音。
猛烈な吐き気と熱。
すべての思考を支配するような痛みが俺を襲う。
「お兄様!」「おにーちゃん!」「「「アラム様!」」」
激しい耳鳴りの中、皆の声が微かに聞こえる。
もう、前もろくに見えない。
朦朧とする意識の中、轟音が聞こえて、意識が途絶えた。
━━━目の前の景色が、ただただ信じられなかった。
切られたはずのクマが、アラムを殴り飛ばしている景色を、頭が受け付けなかった。
そのクマが、こっちへと向かっている。
「グルァァァ」
低い声。
心がどよどよする。
怖い。怖い。
ダフネが、俺を覆うようにして腰を抜かしている。
「ダフネちゃん!」
そう言いながら、ライラが飛び出した。
「グアァァア!」
(誰か……)
しかし、クマは当たり前のようにはじいて、またにじり寄る。
(誰か……)
気が付くと、目の前にクマがいた。
(誰か……助けて━━━)
『じゃあ、ちょっと借りるね
《
中から声がして、僕の目の前は真っ暗になった。
━━━━━━気が付くと、いつものベッドの上にいた。
「ハベル坊っちゃま!目が覚めましたか!?」
聞いたことのある、大きな声。
「ん……んん?」
目の前に、タエの顔が現れる。
焦ってるような、安心してるような。
「よかった……よかった……!」
涙が僕の顔にあたる。
「あっ!そうだ!」
そういって、俺はポケットに手を入れ、取ってきたものがあるかたしかめる。
しっかりあった。よかった。
「ちょっといってきます!」
「坊っちゃまどこへ!?」
「おじさんのとこ!」
走って部屋を出て、そのまま玄関を飛び出した。
━━━「おじさん!」
「おう来たか」
扉を開け、中を見るとやはりいた。
カミールは、今何か描いていたみたいだ。
俺の方を見てペンを置く。
「はいこれ!じゃあ、お願いします!」
「おうまかせろ」
取ってきたものを渡すと、すっすっときれいに迷いなく編み出した。
そして、大体5分くらいだと思う。
「ぃよしっできたぞ」
そういって、頼んでいたものを作って渡してくれた。
「ありがとう!」
「おう。だが、これだけは言っておく、ひとりの大人としてな」
「?」
「ハベル、人にプレゼントで渡す時、相手にあげるのは物じゃない。気持ちだ。相手をどう思ってるのか、何を伝えたいのか。そういう時に、うまいやつは物を渡すだけで伝わるが、ほとんどのやつはそう上手くはいかないんだ。だがよ、そんなやつらでも、伝える方法があるんだ。なんだと思う?」
「んん……?えっと……」
「それはな、言葉にすることだよ。だから、ちゃんと言ってやれ。お前の気持ちをなっ!」
そう言って、俺の背中をトンと叩くカミール。
「……うん!ありがとうおじさん!」
「おう、いってこい!」
「行ってきます!」
━━━守れなかった。
ハベルを、大事な弟を。
「うっうう……」
罪悪感と、情けなさが目から零れ落ちる。
それでも、まだ頭には残っているどころか、それらしかない。
そんな私を、弟も守れない私を、私自身も許してい良いわけがないのに。
どこか、救われようと、許されようとしている自分がいる。
「ハベルちゃん……?」
扉の向こうから、ライラちゃんの声がする。
心配しているような、弱弱しい声。
「ごめん…なさい……わたしのっ私のせいで……」
「ダフネちゃんは悪くないよ!」
遠くから、扉の先から慰める声がする。
今、みんな私を心配している。
その事実が、私の心を突き刺す。
誰も守れなかった私は起きているのに。
怪我もしていないのに。
みんなを守ろうと、立ち向かったお兄様はボロボロで、今もまだ起きていないらしい。
「おねーちゃん」
ハベルの声だ。
声を聴いた時、私は、心のどこかで救われようと、縋りつこうとした。
みっともない。
守れなかった弟にすら、助けてというなんて。
「ごめんね……守れなくて……」
ゆっくりと、扉が開いた。
そして、手を後ろにしたハベルが入ってきて、ベッドで座り込む私を見ている。
「おねーちゃんだいじょうぶ?」
ハベルの顔を見ると、涙がもっとあふれ出す。
「うっよわいっぐ…おねえちゃんで、ごべんね……」
必死に、声にならない声で謝る。
「あのね、おねーちゃん。ハベルね、おねーちゃんがぎゅってしてくれる時ね、あたたかくてやさしくてほってするんだ。それとね、おにーちゃんにおこられて、しょんぼりしてるとね、よしよししてくれたり、たくさんほめてくれたりしてくれるとね、いやなのがすってどっかいってくれるんだ。だから……だからね、ハベル、おねーちゃんのこと、だいすき!」
そういって、手を前にして、私に何かを差し出す。
「くさ……かんむり?」
きれいに編まれた、十色の草冠。
「はいっ!誕生日、おめでとう!」
どっと、涙があふれだす。
頭の中から、罪悪感と情けなさが零れ出し、頭の中から消えていく。
気が付いたら、ハベルを抱きしめていた。
力いっぱいに。
「うわああはああん!わだしも…わだじもだいすぎだよお!!」
「えへへ…おねーちゃんくるしいよお……
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