第12話 秘密の小部屋

 魔法を使ってからしばらく経って、5歳。

 最近では、剣術や魔法の稽古でよく中庭に出るようになっていた。


 しかし、その度に何か、奥の方に違和感がある。


 本当に、魔法を使いだす前は、なにもなかったのに。


「よし、じゃあ今日のお稽古はおしまい!お疲れ様!」

「「ありがとーございました!」」「ありがとうございました!」


 あれから二年ほどで、ダフネもアラムもかなり大きくなった。


「あ、そうそう!あのね、最近そこの森の様子がおかしいらしくて、何が起きるかわからないから、あんまり外出ちゃだめよ?いいわね?」

「「はーい!」」


 元気よく返事する俺らに対して、アラムはいつもみたく何か考えているようだ。


「調査隊は、派遣されないのですか?」

「それなんだけどね?ほんとはここの兵たちでやるつもりだったのよ。でも、それを指揮するはずのお父さんが昨日王様の呼び出しで行っちゃったでしょ?だから、だいぶ先送りになっちゃったのよ……」


 よくわからないが、昨日からサルトがいないことに、何か関係あるようだ。


「……なるほど。じゃあ俺がやります」

「「え?」」

 アラムの突飛な発言に、びっくりした様子のカナンとダフネ。


「ダメ!絶対だめよアラム!どれだけ危ないと思ってるの?!」

「もちろんわかっていますが、俺もいつかはこの領主になるんです。こういうときから、動かねば」


 目を覗くと、まっすぐとカナンを見つめている。

 こういうときのアラムは、誰がどれだけ言っても曲げないだろう。


「何かあってからじゃダメなの!今回はほんとにダメ!絶対!」

「俺じゃまだ……足りませんか……?」

 落ち込んだ顔。

 それを見ているカナンも、心苦しそうだ。


「……わ、わかったわよ!ただし、もし何かあったらすぐ逃げること!わかった?!」

「……はい」


 話し終わると、カナンは部屋に戻っていった。

 ぶつぶつと、何かを唱えながら。


 そして、いつもなら中庭に残った俺たち3人は、アラムを中心に何がよかったか、悪かったかを言う会が始まる。


 しかし、今日は違う。


「ねえねえ!」

「「?」」

 少し驚いたような、二人の顔。


「どうしたのハベル?」

「そうだ、今から反省か━━━」

「あのね!ちょっとついてきて!」


 そうして、俺はダフネとアラムを連れて、歩いていく。


 その場所は、稽古をしていた方とは反対側の奥。

 なぜか広々としたところで、洗濯以外に何か使っている感じもしないから、不思議には思ってた。


「ここ!」

「え?ここ?」

「何もないと思うが……」


 近づくと、なにかもやもやしているような。

 ほんとうに微かに。


「ううん!なにかね、あるの!」


 そういいながら、手を前に出して歩く。


「おい!ちゃんと歩━━━」


 そんな言葉を聞く間もなく、俺は足に足を引っかけて転んでしまった。


 顔からぶつかり、鼻と口がとても痛い。


「う、うう……」

 歯がジンジンして、鼻からは熱いのを感じる。


「ハベル!だいじょ━━━」


 後ろからの足音を遮るように、正面から声がした。


「坊主、大丈夫か?」


 倒れた俺に、手を差し伸べたのは見たことない眼鏡に、メイドたちがつけているのより随分分厚いエプロンを着けた小さな男。

 だいたい、カナンと同じくらいだろうか。


 そんな男の手を握ると、ゴツゴツとしていて、所々マメの感触。


「ハベル!」


 体を預けると、ヒョイっと持ち上げられた。


「ありがとおじさん!」

「おう、気ぃつけろよ」


 後ろを見ると、2人が不思議そうにこちらを見ている。


「は、ハベル?」

「お前、さっきから、誰と話してるんだ……?」


「ちっここまで来たら、隠すのが怪しいか……」


 そういうと、男は歩き、俺を通り過ぎ、2人に向かっていく。


「!?」

「だ、誰よあなた!」


 身構える二人。


「俺はカミール。この家専属の鍛冶師だ、よろしくな」


 スッと手を出すカミールという男。

 2人も警戒を解き、手を取る。


「よ、よろしくお願いします、アラムです……」

「私はダフネ!よろしくねカミール!」

「おう。ここじゃなんだ、中、入れよ」



 言われるがままついていくと、こじんまりとした家が現れた。


「な、何これ……」

「今まで……気にも留めていなかった……」

「よくわかんねえが、そういうようにできてるらしい」


 木でできた扉を開け、中に入ると、何やら道具やら机らしきものやらが整理して並べられている。

 整頓はされているようだが、ものが多いせいと少し狭いせいで散らかって見えてしまう。

 実際、4人か5人なら入れるといった具合。


「そこの椅子使っていいから、ゆっくりしとけぇ」

「ねえカミール、ここのもの、色々見てみていい?!」

「おう、刀身には触るんじゃねえぞ」



 そうして、色々見せてもらい、カミール自身についても聞かせてもらった。

 どうやら彼は、えるだーどわーふ、とかいうものらしく、サルトとは昔からの付き合いらしい。


「えるだーどわーふ……ってなにぃ?」

「エルダードワーフはな、ドワーフの上位種だ」

「そんな言い方しても、絶対わからないでしょお兄様……ハベル?エルダードワーフっていうのはね?ドワーフっていう、とっても器用な人たちの中で、こう……もっとすごい!みたいな人たちなのよ!」

「ん……?わ、わかった!」


 よくわからないが、器用ということはわかった。


「でもなんで、カミールはこんなとこにいるの?さみしくないの?」

「まっもう慣れたってもんだな。それに、俺にゃ、これがある」


 剣を持ち上げ、俺たちに見せる。

 日の光をはじいてキラリと光るそれに、どことなく心がくすぐられる。


「すごぉい…これ、ずっとやってるの?」

「まあな。寿命のねえ俺には、丁度いい暇つぶしってもんだ」


 よく見ると、刃の部分だけではなく、持ち手の部分も握りやすいよう、きれいに作られている。


「ねえ、こんなにすごいのに、みんなに言わないなんてもったいないわよ!」

「いいんだ……俺がいたら、色々迷惑かけちまう」

「カミールさん、うちの中で、あなたを迷惑と思う人はいませんよ」

「だがよ……」


 頑なに動こうとしない。

 もう、じれったい。


「いこーよー!ねえー!」

 手を引いて無理矢理連れていこうとするが、全然動かない。


「ほ、ほんとにいいのか?」

「だから、いいっていってるじゃない!」

 ダフネも、同じことを思っていたようだ。


 2人で連れ出そうと手を引くと、ようやく立ち上がってくれた。


「わかった!わかったいく!」


 扉を開けると、外はすっかり夕方のようだ。


「あーもうすっかり暗いわね!」


 外に出て、少し歩くが、カミールの歩みが遅い。


「だいじょーぶ?」

「もーカミール!行くって言ったじゃない!」

「わ、わかってる!」


 すると、俺たちの手を放し、その両手で頬を強く叩く。

 少し赤くなっているようだ。


「よし、もう大丈夫だ!」

「じゃあ行きましょ!」


 そうして俺たち4人は、玄関の扉を開け、中に入った。


 どこかメイドたちが、ドタバタしている気がする。


「奥様!御三方と……ど、どなた?かがいらっしゃいました!」


 すると、奥から足音の後、ドアがバンッと開いた。


「アラム!?ダフネ!?ハベル!?みんなどこ行ってたのよ、もー!」


 出てきたのは、目に涙をためたカナン。

 どうしたのだろうか、何かあったのだろうか。


「ただいまお母様!私たちはね、この人のところにいたのよ!」


 カミールの肩に手を置き、グンッと前に突き出す。


「あらカミール、どうしたの?」

「お、おう……こいつらに半ば無理矢理よ……」

 気まずそうに、頭をポリポリと掻く。


「む、無理矢理じゃないわよ!」

「あらあら、でもいいの?」

「ま、まあな…」

「みんなにも紹介するわ!この人はカミール!すっごい鍛冶師なのよ!」


 ダフネに大きな声で紹介されたカミールは、どこか恥ずかしそう。


「よ、よろしく……お願い…します」

「カミール、私たちはご主人様方に仕える同じ立場なので、敬語は不要よ」


 そういったのは、ここのメイド長。

 関わりがあったかのような口調だ。


「わ、わかったよ」

「これからよろしくお願いしますカミールさん」

「ああ、アラムも敬語はいらねえぞ、よろしくな」


「(ねえおじさん)」

 横で耳打ちをする俺。


「(おう、なんだハベル?)」

「(あのね、あとでおねがいしたいことあるの)」

「(おう、なら待っておくからな)」



━━━その夜。


「で、何の用だ?」


 外の灯りもないこの部屋は、ほんのりと薄暗いような気がする。


「あのね?おじさん器用でしょ?それならね?こんなのって作れる?」


 そうして、俺が持ってきた絵を、堂々と見せる。


「これは……なるほど、もちろんできるぞ」

「やったー!」

「ただし、俺だけでやるにゃ意味がねえ。素材はお前が集めるんだ」

「わかった!じゃあ、明日もここで待っててね!おやすみ!」

「おう、よく寝ろよ」


 パタンと扉を閉める。


 もうすっかり暗くて、寒い。

 早く、中に入って温まらないと。

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