第1章 第8話:異能協会本部訓練場 ― 影、降臨す



 その男はマントを脱ぎ、無造作に地面へと落とす。


 現れたその姿に、訓練生たちの思考が、一瞬で崩壊した。


 白のスーツ。整いすぎた容貌。銀白の髪。血のように紅い瞳。



 この男は危険だと、本能が、叫んでいた。


 静寂の中、男が口を開く。


 「私は――」


 その声は、滑らかで澄んでいた。だが、魂の温度を欠いていた。

 あたかも、感情というものを“忘れた者”のように。


 「強欲を司る者、グリエドです」

 誰なんだよこいつ。

 その瞬間、訓練場全体が凍りついた。



 「……そうか」


 訓練場の奥から、低く、短い声が響く。

 

 立っていたのは、フィストマスター・ゴウマ。


 その巨体がわずかに拳を握る。

 ただ、それだけで――空気が震えた。


 ドンッ!!


 次の瞬間、ゴウマの拳が**“空気”を殴った。**


 ――バシュンッ!!


 爆音でも衝撃波でもない。

 空間そのものが、軋むような異音が訓練場を貫いた。


 そして。


 グリエドの身体が、わずかによろめいた。


 唇の端から、赤い血がにじむ。


 「……ッ、ぐっ……!?」


 紅の瞳が見開かれ、その完璧な顔に驚愕の色が差す。

 だが、それも一瞬のことだった。

 これが異能かっ…  すごい‼︎


 男は、ふたたび――柔らかな笑みを浮かべた。


 「……そうでした。忘れていましたよ」


 「あなたの異能は――空気に衝撃を乗せ、自在に操る力でしたね」

 

 「まったく……古臭いが、実に厄介だ」


 ■ 空気の支配者

 ゴウマが、一歩、前に出る。


 ただそれだけで、訓練場の密度が変わった。

 空気が、重力そのものを裏返したかのように重く、歪んだ。


 「貴様が何者だろうが、合格者の前で好き勝手はさせん。」


 「訓練生に手を出すなら――ここで終わりだ。グリエドとやら。」


 その声には、力と責任が宿っていた。

 戦士であり、師である者の、“背を守る覚悟”だった。


 訓練生たちは――誰ひとり、声を出せなかった。

 この場に立っていることすら、困難だった。


 グリエドと名乗る男の異質な存在感。

 **“十大マスター”**の一角たる、ゴウマの絶対的威圧。


 空気は、戦いの到来を告げるように、ただ震えていた。


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