君のナイト〜いちばん大切なあなたへ〜
雫 のん
プロローグ
自分は普通じゃないんだって分かってた。
分かってたけど変えられなかった。
調整して、修繕して、またどこかエラーを見つけてを繰り返す。
終わらないサイクルから抜けられずにいて、日常を不安に支配されていたけれど、ある日サイクルの外側に一枚壁を築いてみたら案外不安は軽減された。
終わらない夜に慣れてしまえば、人は朝が来ないことが当たり前に思えてしまうもの。
それは、陽の存在すら忘れていた自分の大きな過ちだった。
「気持ち悪い!」
「こっちこないで……」
かつての同級生――小学生の、異物に敵意を向ける、悪意のない言葉の数々は消えない刃となって胸に刺さっている。
中学生になり築いた壁のおかげで、それ以上傷はつかなくなった。だけど、自分が自分でありたい欲望が、内側から心を侵食していった。
痛みがなくなった代わりに、毎日がただただ苦しいものになった。
「普通になれたらいいのに」
そう呟いて、彼は高校の制服に袖を通した。紺色の、パンツスタイルのブレザーが何だか着心地が悪かった。
洗面台に立つと鏡に映るのは、誰もが憧れる圧倒的な美貌を持つ、高校の――いや、世間でも名の通る『王子様』。陶器のような肌に目鼻立ちの整った中性的な顔。エメラルドのようなシースルーのショートヘア、サファイアのように綺麗な瞳に、抜群のスタイル。
この容姿をどこか「違う」と感じてしまうのは、やはり自分が普通じゃないからなのだろう。
容姿ばかりを称えられてきた彼は、自分はそれだけの人間ではないと言わんばかりに努力を重ねてきた。偏差値七十超えの高校で常に成績一位、全国模試でも五位以内をキープ、所属は文化部だが、バスケクラブのキャプテンで高校生全国優勝を果たしている。
その繊細な性格も薄汚い努力も知らないで、世間は彼を『天才』と呼んだ。
いつの間にかついた二つ名は『神王子』。
「大層な名前だなぁー……」
スマホ画面をスクロールさせていた彼が見つけたのは、意味のないほど薄いモザイク処理が施されているが、明らかに盗撮された誰かも知らないSNSのとある投稿。
通報ボタンを押しかけて止めた指で飛んだプロフィールから、投稿主が同級生の誰かだとだけ分かり、小さくため息をついて電源を落とした。
「――」
壁を築いたときから封印した、かつての宝物たちを閉じ込めたクローゼットの前に立ち止まる。
あの日以来、捨てることもできずにずっとしまい込んでいる、「かわいい」の詰まった『王子様』の秘密。
「……行ってきます」
誰にも届かない習慣化された挨拶が、宙を切ってアパートの一室に溶けていった。
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