アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』800字擬似書評(書評中に35冊の本のタイトルを紛れこませています)

樹智花

アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』800字擬似書評(35冊の本のタイトルが書評中に紛れこんでいます)

※以下の擬似書評には、35作品の本のタイトルが紛れこんでいます。興味のある方は探してみてください。全部わかったらすごい!





・アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』 約八○○字擬似書評


クリスティーの小説は、まるで赤い鰊のいる海だ。

本作は、誰知らぬ殺意における悪の断面をのぞき込むような快と不快に満ちている。「快」とはもちろん、死のある風景を本格ミステリ黄金期の懐かしい殺人形態で描くことであり、「不快」とは危険なささやきに耳を貸した犯人の、正当なる狂気とは到底呼べない、欲望の石に目がくらんだかのような人物造形である。

アレクサンダー・ボナパルト・カストを影の巡礼者、あるいは欺かれた男とすれば、犯人は影なき男だろう。迷走パズルのような本作において、被害者たち、被害者候補たちはまるで死者の長い列に加えられたかのような印象を受ける。その中でポアロたちは、野獣死すべしとでもいうように、犯人を罪の水際に追いつめようとする。殺しがいっぱいにならないためにも、殺しの挽歌を奏でなければならないのだ。だから犯人がその石を放つとき、それはその人物にとって明日に別れの接吻をするのと同然だ。そして犯人が血ぬられた報酬を受けようとすれば、この狂った殺しに終止符を打たざるを得ないが、それは生者と死者にとっても物語の最終章となる。

ここで小説から遠く離れてみると、本作におけるクリスティー特有の人間描写が少なさは、霜月蒼が『アガサ・クリスティー完全攻略』で述べているとおりだ。本作のような人間の消失・小説の変貌はある側面で小説の快楽に通じる。クリスティーという幻視者のリアルを読者に伝える手段がミステリであり、クリスティーは読むことのアレゴリーをそれに託したのである。クリスティーが読者の裏をかくことへ向ける淡色の熱情は並々ならない。推理小説の美学を追求するクリスティーにとって、「謎」の解像度レゾリューションは大切なものであるのだ。その後、マンシェットのように、法体制の完全な真空と無法の群れを信奉する作家も出てくるのだが、人生は小説ロマン、という共通点は変わらないであろう。



答え


クリスティーの小説は、まるで「赤い鰊のいる海」(各務三郎)だ。

本作は、「誰知らぬ殺意」(夏樹静子)における「悪の断面」(ニコラス・ブレイク)をのぞき込むような快と不快に満ちている。「快」とはもちろん、「死のある風景」(鮎川哲也)を本格ミステリ黄金期の「懐かしい殺人」(ロバート・L・フィッシュ)形態で描くことであり、「不快」とは「危険なささやき」(ジャン=パトリック・マンシェット)に耳を貸した犯人の、「正当なる狂気」(ジェイムズ・クラムリー)とは到底呼べない、「欲望の石」(マイクル・アレグレット)に目がくらんだかのような人物造形である。

アレクサンダー・ボナパルト・カストを「影の巡礼者」(ジョン・ル・カレ)、あるいは「欺かれた男」(ロス・トーマス)とすれば、犯人は「影なき男」(ダシール・ハメット)だろう。「迷走パズル」(パトリック・クェンティン)のような本作において、被害者たち、被害者候補たちはまるで「死者の長い列」(ローレンス・ブロック)に加えられたかのような印象を受ける。その中でポアロたちは、「野獣死すべし」(ニコラス・ブレイク/大藪春彦)とでもいうように、犯人を「罪の水際」(ウィリアム・ショー)に追いつめようとする。「殺しがいっぱい」(中田耕治 編)にならないためにも、「殺しの挽歌」(ジャン=パトリック・マンシェット)を奏でなければならないのだ。だから犯人がその「石を放つとき」(ローレンス・ブロック)、それはその人物にとって「明日に別れの接吻を」(ホレス・マッコイ)するのと同然だ。そして犯人が「血ぬられた報酬」(ニコラス・ブレイク)を受けようとすれば、この「狂った殺し」(チェスター・ハイムズ)に終止符を打たざるを得ないが、それは「生者と死者」(泡坂妻夫)にとっても物語の「最終章」(スティーヴン・グリーンリーフ)となる。

ここで「小説から遠く離れて」(蓮實重彦)みると、本作におけるクリスティー特有の人間描写が少なさは、霜月蒼が『アガサ・クリスティー完全攻略』で述べているとおりだ。本作のような「人間の消失・小説の変貌」(笠井潔)はある側面で「小説の快楽」(後藤明生)に通じる。クリスティーという「幻視者のリアル」(千街晶之)を読者に伝える手段がミステリであり、クリスティーは「読むことのアレゴリー」(ポール・ド・マン)をそれに託したのである。クリスティーが読者の裏をかくことへ向ける「淡色の熱情」(東理夫)は並々ならない。「推理小説の美学」(ハワード・ヘイクラフト 編)を追求するクリスティーにとって、「「謎」の解像度レゾリューション」(円堂都司昭)は大切なものであるのだ。その後、マンシェットのように、法体制の「完全な真空」(スタニスワフ・レム)と「無法の群れ」(オーギュスト・ルブルトン)を信奉する作家も出てくるのだが、「人生は小説ロマン」(ギヨーム・ミュッソ)、という共通点は変わらないであろう。

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