幽霊兄妹  中

 僕にとってこの世で一番大切なのは妹だ。双子の妹、ほたるが何よりも大切。

 そんな大切な蛍が、このアパートの住民を幸せにしたいと言った。

 ならば僕は、お兄ちゃんとして、それを叶えさせてあげないと。


「よし!じゃあ、偵察に行きましょう!まずは、101号室のえっと、えっと...誰だっけ?」

橋田はしだかおるさんな」

「あ、そうそう。それ」


 そういって、彼女は一階まで駆け降りる。

 ...足音は普通に鳴るから、走らないでほしいのだが。


――101号室 橋田はしだかおる――


「お兄ちゃーん!このドア開けてー」

「...はぁ...しょうがないなー」


 壁をすり抜けるときの感覚はあまり好きじゃない。少し疲れるのだ。


「さてさて...中からどうやって鍵を開けようかなー...」


 室内にあるのは...ん?赤ん坊か?隣には、薫さん。

 どう言えば、薫さんはシングルマザーだって聞いたことがある気がする。

 シングルマザーで、このアパートに住んでいる。つまり、金に余裕がないはずだ。

 じゃあ、いつ働いてる...?

 ...まあいい。今は蛍を部屋に入れることが最優先。


「前回と同じ方法で侵入しろ」

「りょーかーい!」


ピーンポーン......


 よし。このまま薫さんがドアを開け...


「もうヤダ...私のプライベートにまで関わらないで!」


 彼女は、近くのゴミ箱を扉に向かって投げたあと、泣き出した赤ん坊を必死にあやす。


「なんで...あの...風俗の客なの...?」


 フウゾク...?

 俺は、インターネットやテレビなどを使ったことがないので、世間知らずだ。

 「客」ということは、「フウゾク」は仕事なのだろう。

 今度調べてみるか。


「お兄ちゃーん、もう一回インターホン鳴らすー?」

「ちょっと待ってろ」


 部屋の壁には、男の写真。薫さんの旦那か?

 だが、彼女はシングルマザーのはずだ。離婚したということか。


「いや、ここは後にしよう」

「え?なんで?」

「...彼女は疲れてるみたいだ。今は休ませてあげよう...」

「...わかった!じゃあ次行こ!」

「...うん」


――102号室 伊藤いとう唯花ゆいか――


 彼女は一人暮らしの大学生。

 バイトと親の仕送りで生活をしている。

 一見すると普通だが、彼女が外出しているところはほとんど見ない。

 いじめられているのか、単にサボっているだけなのか、それとも他に理由があるのか。


「侵入は成功した。だが、彼女が室内にいない」


 今は午前10時。大学に行っているのだろうか。

 部屋は小綺麗で、シミ一つない。

 だが、デスク回りはすごく汚い。

 やけにごついPC、デカいヘッドホン、三つ並べられたモニター、内側についたカメラ。

 彼女は独り言が多いことで有名だ。特に夜、ずっと話し声が聞こえる。


「配信者か...」


 大学よりも配信活動を優先する理由がわからない。

 それに、彼女は現実ではニートのように見られている。

 親の仕送りとバイトだけで、殆ど外に出ない。

 ここは蛍も入って大丈夫そうだが、本人が家にいないため、また今度にしよう


「裏庭の方の窓も鍵かかってる。入れないぞ」

「うそー!じゃあしゃあねー。窓をぶち破るぜ!」

「やめろ。俺は物質に触れることができないが、お前には普通に触れるんだぞ?」

「...お兄ちゃんの妨害を突破するのは難しいかもしれない...次、行くかぁ...」


――103号室 櫛田くしだ浩太郎こうたろう——


 今回も侵入は成功。

 浩太朗さんはよく分からない人というか、普通のサラリーマンだ。


「鍵、開いてる。閉め忘れたのか?」

「おお!やったー!」


 俺達は警戒もせず、中に入っていった。

 それが、間違いだった。


「そこのいんだろ、幽霊が二人。兄妹か?」


 中には浩太郎さんが一人で座っていた。

 その瞳は完全に僕の姿をとらえている。

 無表情でこちらを見つめる彼は、少し不気味だった。

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