〜そして決戦の火蓋は切られた〜作戦、開始ッ!
「総員、第一種戦闘配置に着けッ!」
――作戦の
辺りにまとまっていた
体育館の周辺清掃のボランティアも、そろそろ後半戦へ突入する。参加者は夏の直射日光をまともに受けてしまうため、熱中症防止の観点より、今から一時間後の午後四時には絶対に全作業が終了することになっている。
「
その最終目標は「西村と姫野の馴れ初めを再現する」――つまり、『
「……これさえできれば、二人が付き合うであろうことは間違いないんだけどね……」
私はそう確信している。人の気持ちというのは、案外簡単なことでコロッと動いてしまうものなのだ。特に馴れ初めの再現というのは、二人の間の仲を急速に深める、ドラマティックなトリガーになりやすい。
しかし、これを今すぐに再現するのはなかなか骨の折れる作業だ。例えば、故意に衝突を起こすには、まずは二人を走らせなければならないが、その方法が思いつかない。それに、走っている人間を衝突させるのは、常識的に考えてけっこう危険だ。
よって本日は、ひとまず姫野と西村の間の距離を縮めることに全精力を傾ける。
現在、彼らは生物の先生の監督の元、体育館の裏手の林で草むしりをしている。清掃で出たゴミは、体育館からは少し離れた、校舎の昇降口の辺りまで持って行くことになっている。その方が、後々やってくるゴミ収集車が作業しやすいからだ。そしてて、ボランティア開始から時間が経っているので、姫野もしくは健人が、雑草のパンパンに詰まったゴミ袋を持って出てくる頃合いだ。
「この日をどれだけ待ちわびたことか……」
私は誰に言うとも無く独りごちる。
この日のために、私は様々な裏工作をした。
現在、この清掃のボランティアに参加しているのは、健人と姫野を除けば全員が
また、健人をボランティアに参加させることもできた。健人に向けて、彼の友達と一緒にボランティアをすることを促したら、健人はあっさり参加を決めた。ちなみにその友達は
姫野は元々ボランティアをするつもりだったらしく、正真正銘、健人と姫野をボランティアへと自然に誘い込むことを成し遂げた。
――ここまでは、順調……!
「来たわッ」
私が遠くを指差す。大きなゴミ袋を抱えた姫野が、一人でこちらに向かってきている。
私達はサッと体育館の陰に身を隠す。頭上で木々の梢がさえずっている。風の音がクリアに聞こえるほど、静かな夏だった。
姫野がいよいよ近づいてくる。彼女の姿が眼の前まで来たところで、周囲にいた二人の
「A組の健人さんって、好きな人居るらしいよ〜」
「え〜、誰なのそれ〜?」
もう片方の
「誰かはわかんないけど、たまに二人だけでお弁当食べたりしてるらしい」
「いいね、青春って感じだね」
「健人さん、そのガールフレンドにお弁当作ってもらったりしてるらしいよ。その子はけっこう料理も上手いらしい」
「お似合いの二人だね。――きっとこの先も、二人はずっと一緒にいるんだろうね」
恋バナを装い、姫野を刺激するようなことを言う
――作戦の第一段階「
この攻撃は、
隠密機動隊ハニーチョコレートの創設以来、我々は我々自身の「影のうすさ」という特性を活かし、この武器を磨き続けてきた。その効果はてきめんで、この攻撃をくらってなお、まともな精神状態メンタルを持ち続けられた者は未だかつて存在しない。
――さあ、姫野円香。あなたはどう出る?
もしここで、たった今あなたを刺激した
固唾をのんで戦況を見守る。
姫野は――
何もしなかった。
膠着。
メドゥーサの視線をまともに受けて石になってしまった者のように、大きめのゴミ袋を持ったまま、その場に立ち尽くしている。
私は徐々に、姫野の足元から、姫野の上半身へと視線を移していく。
姫野の、土に汚れた体操服のズボン、黒い軍手。肩にかかった髪の毛。
彼女の首元から上を、私は見ようとする。
彼女の
……その時、姫野はまるでつむじ風のように、急に昇降口の方向に振り向いた。
抱えていたゴミ袋をそっとその場に置く。
私が、姫野の予想だにしなかった行動に呆気にとられていると――
姫野は、まるで何かに取り憑かれたように、
華奢な足でアスファルトの地面をぐっと踏み込み、
――そのままの勢いで走り出した。
刹那、姫野は私たちの視界から消え去った。
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