〜そして決戦の火蓋は切られた〜作戦、開始ッ!

 作戦名オペレーション月華に還る黄道ムーンロード」始動ッ!


 「総員、第一種戦闘配置に着けッ!」

 ――作戦の開始スタートを告げる号令をかける。

 辺りにまとまっていた隊員ハニーチョコレートはすぐさまバラけ、あらかじめグループラインに投下しておいた「月華に還る黄道ムーンロード」の資料に指示された場所に移動する。

 体育館の周辺清掃のボランティアも、そろそろ後半戦へ突入する。参加者は夏の直射日光をまともに受けてしまうため、熱中症防止の観点より、今から一時間後の午後四時には絶対に全作業が終了することになっている。

 「月華に還る黄道ムーンロード」とは簡単に言えば、「西村健人と姫野円香をくっつけるために、隠密機動隊ハニーチョコレートが秘密裏に仕掛ける作戦の総称」である。

 その最終目標は「西村と姫野の馴れ初めを再現する」――つまり、『西村と姫野の再衝突セカンド・インパクト』を隊員ハニーチョコレート主導で発生させることである。

 「……これさえできれば、二人が付き合うであろうことは間違いないんだけどね……」

 私はそう確信している。人の気持ちというのは、案外簡単なことでコロッと動いてしまうものなのだ。特に馴れ初めの再現というのは、二人の間の仲を急速に深める、ドラマティックなトリガーになりやすい。

 しかし、これを今すぐに再現するのはなかなか骨の折れる作業だ。例えば、故意に衝突を起こすには、まずは二人を走らせなければならないが、その方法が思いつかない。それに、走っている人間を衝突させるのは、常識的に考えてけっこう危険だ。


 よって本日は、ひとまず西に全精力を傾ける。


 現在、彼らは生物の先生の監督の元、体育館の裏手の林で草むしりをしている。清掃で出たゴミは、体育館からは少し離れた、校舎の昇降口の辺りまで持って行くことになっている。その方が、後々やってくるゴミ収集車が作業しやすいからだ。そしてて、ボランティア開始から時間が経っているので、姫野もしくは健人が、雑草のパンパンに詰まったゴミ袋を持って出てくる頃合いだ。

 「この日をどれだけ待ちわびたことか……」

 私は誰に言うとも無く独りごちる。

 この日のために、私は様々な裏工作をした。

 現在、この清掃のボランティアに参加しているのは、健人と姫野を除けば全員が隊員ハニーチョコレートである。私達は、本来自由参加であるはずのボランティアを、完全に乗っ取ることに成功したのだ。

 また、健人をボランティアに参加させることもできた。健人に向けて、彼の友達と一緒にボランティアをすることを促したら、健人はあっさり参加を決めた。ちなみにその友達は隊員ハニーチョコレートの息がかかった人間のため、私の指示で今日のボランティアには不参加にさせた。

 姫野は元々ボランティアをするつもりだったらしく、正真正銘、健人と姫野をボランティアへと自然に誘い込むことを成し遂げた。


 ――ここまでは、順調……!


 「来たわッ」

 私が遠くを指差す。大きなゴミ袋を抱えた姫野が、一人でこちらに向かってきている。

 私達はサッと体育館の陰に身を隠す。頭上で木々の梢がさえずっている。風の音がクリアに聞こえるほど、静かな夏だった。

 姫野がいよいよ近づいてくる。彼女の姿が眼の前まで来たところで、周囲にいた二人の隊員ハニーチョコレートが、私の顔を見て頷く。私も、しっかりと頷き返す。

 隊員ハニーチョコレートはその場からすっくと立ち上がり、二人で談笑している体を装って、姫野から十メートルほど離れた位置に姿を晒した。

 「A組の健人さんって、好きな人居るらしいよ〜」

 隊員ハニーチョコレートの片方、おさげの女が言う。――私は、心の内で彼女にエールを送った。えらいぞ。話し方が自然だ。

 「え〜、誰なのそれ〜?」

 もう片方の隊員ハニーチョコレートが、わざとらしくない程度の、しかし周囲の興味を引く声量を出した。予想通り姫野も彼女らに怪訝そうな表情を向ける。私はその様子を闇に潜んで眺めている。ちなみに私が待機しているのは、姫野に面が割れているため、私が出ていくと彼女に不審に思われてしまうためだ。

 「誰かはわかんないけど、たまに二人だけでお弁当食べたりしてるらしい」

 「いいね、青春って感じだね」

 「健人さん、そのガールフレンドにお弁当作ってもらったりしてるらしいよ。その子はけっこう料理も上手いらしい」

 「お似合いの二人だね。――きっとこの先も、二人はずっと一緒にいるんだろうね」

 恋バナを装い、姫野を刺激するようなことを言う隊員ハニーチョコレート。彼女らはそこで仕事を終え、そそくさとその場を後にする。私が隠れている、体育館の陰に隠れた茂みに戻って来る。

 ――作戦の第一段階「陰口攻撃シャドーボキャブラリー」は完璧に炸裂した。

 この攻撃は、我々隊員ハニーチョコレート十八番おはこである。

 隠密機動隊ハニーチョコレートの創設以来、我々は我々自身の「影のうすさ」という特性を活かし、この武器を磨き続けてきた。その効果はてきめんで、この攻撃をくらってなお、まともな精神状態メンタルを持ち続けられた者は未だかつて存在しない。

 ――さあ、姫野円香。あなたはどう出る?

 もしここで、たった今あなたを刺激した隊員ハニーチョコレートに詰め寄るような真似をすれば――それは、興醒めというものだ。そんなつまらない、野暮なことをしてくれるなよ?


 固唾をのんで戦況を見守る。


 姫野は――

 何もしなかった。

 膠着。

 メドゥーサの視線をまともに受けて石になってしまった者のように、大きめのゴミ袋を持ったまま、その場に立ち尽くしている。

 私は徐々に、姫野の足元から、姫野の上半身へと視線を移していく。

 姫野の、土に汚れた体操服のズボン、黒い軍手。肩にかかった髪の毛。

 彼女の首元から上を、私は見ようとする。

 彼女の表情カオは――


 ……その時、姫野はまるでつむじ風のように、急に昇降口の方向に振り向いた。


 抱えていたゴミ袋をそっとその場に置く。


 私が、姫野の予想だにしなかった行動に呆気にとられていると――


 姫野は、まるで何かに取り憑かれたように、


 華奢な足でアスファルトの地面をぐっと踏み込み、


 ――そのままの勢いで走り出した。



 刹那、姫野は私たちの視界から消え去った。

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