〜明日の前の日〜

 化学研究室に戻る道すがら、私はつい先程健人と話したあたりで立ち止まった。

 「一学期終了日の、体育館の周辺清掃のボランティア募集」というポスターが目に入ったので、私はこれを利用することにした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「ねえ鹿子木凛子。西村健人は、君の想い人なんでしょ? なんでわざわざそいつと姫野をくっつけようとすんのさ?」

 化学研究室にて、姫野から得た情報を元に作戦を練っていると、神崎すみれが疑問をぶつけてきた。私はスマホに作戦を打ち込む手を止めた。

 「うん。私は健人のことが好き。でも、健人を好いているからこそ、彼に幸せになってほしいのも確かなのよ」

 「私には強がりにしか聞こえないけどね。君は結局のところ、『鹿子木凛子じゃどうしても西村健人を振り向かせることができない』という現実から目を背けているだけじゃないの?」

 「……」

 ――神崎すみれの言うことは、多分正しい。

 でも――

 「でも、私は自分で決めたことは最後までやり切るわ」

 私はきっぱりと言った。神崎すみれが大きなあくびをし、

 「……そんな風に自分を卑下しなくとも、君には十分人としての魅力があるよ」

 と言った。

 「ねえ鹿子木凛子。部外者ながら君に伝えておきたいことがある」

 私が「何」と言うと、神崎すみれはやや深刻そうな顔をした。

 「姫野円香って、少し前まではもう少し明るい子だったんだよ。それなのに、最近の彼女の表情はいやに暗い。――彼女を不安にさせる何かが、彼女の背後に潜んでいる。その可能性を踏まえて、君は作戦を立てた方が良い」

 「アドバイスありがとう」と私は伝えた。そして、少し黙って考えた。

 姫野と健人との仲は、もはや友達以上の関係になっている。交際こそしていないけれど、事実上恋人のような間柄だ。

 それなのに――

 なぜ、健人は姫野に告白しないのだろう。

 告白さえすれば、ほぼ百パーセントの確率で成功するというのに。

 健人の(思いつきで奈良まで行ってしまうような思い切りの良い)性格からして、ただ告白を恥ずかしがっているだけとは考えられない。

 近ごろ暗くなった姫野。告白しない健人。


 頭を必死になって回転させる。


 健人のこと、姫野のことを頑張って考えてみる。


 しかし――


 答えは出ない。


 そうしているうちに、私はなんだか疲れてしまった。


 ……結局のところ。


 私は心のなかでため息をついた。


 ……恋愛に関することなんて、私には到底理解できないんだろう。何せ私は――このセカイの主人公ではないんだから。

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