そこにはままがある

TYPE33

そこにはままがある

 暑い日だった。

 地質学を生業とする僕は、軽いフィールドワークに出ていた。こんなのなんてことはないと思ったのが油断だった。河原に降り立った僕は、強い目眩に見舞われた……。


「おお、起きた起きた」

 まだはっきりしない意識に、その声が飛び込んできた。

「大丈夫かね。水もってきたぞ」

 視界も開けてきた。奇妙な格好の人が見える。まだ朦朧としているのか。熱中症かなぁ。

「まだ起きられんか?少し水飲んだほうがいいがな」

 熱中症ならそうだよな。なんとか起きてみよう。

 上体を起こしてみると、掘っ立て小屋のようなところにいる事がわかった。男性だろう。眼の前の人物は、やはり奇妙な格好をして、竹筒のようなもので水を差し出してくれていた。

 ありがたく水をいただく。助けられたのだろうから、あまり色々聞くのは失礼なように思えた。

「見ない人だね。なんていうんだ?」

「ああ、出雲です。出雲たけしと言います。すみませんご迷惑かけちゃって」

「出雲?あんた出雲の人か?偉いところから来たね」

「いや、苗字が出雲なだけで……」

「出雲の人なら龍の退治の仕方を知ってるんじゃないかね?」

「は?龍?」

 なんのことだ?なんとなく頭がうまく回らない。まだ夢の中か?

「あら〜起きられたのね。よかったねぇ」

 そう言いながら、小屋に誰かが入ってくる。女性だ。可愛らしい人だ。髪に芍薬の花を指している。その格好は……なんというか原始的だ。背が高い。眼の前の男性や自分よりも高い。180は超えている?

「シカダねえちゃん。この人出雲の人だって。もしかしたら龍退治にくわしいかもしらん」

 ねえちゃんはちょっと眉をひそめ

「相変わらずせっかちだね。そうだとしてもまだしんどいだろう。それより、その龍の様子が怪しいから兄弟と見に行っておいでよ」

「あいよ」

 勢いよく出ていく男性。シカダねえちゃんは僕の横にちょんと座った。

「悪かったね。龍のことになると弟たちは落ち着きがなくなるんだ」

「いえ、とんでもない。こちらこそ色々すみません。シカダ……さんでしたっけ?」

 そう言いながら、彼女の体格に目がいってしまう。女性はそういう視線には鋭い。

「大きくて驚いた?母様はもっと大きいのよ」

 本当かよ。弟は僕より小さかったようだけどなぁ。

「僕は出雲の出身というわけでは…」

「でしょうね。剣も持ってないし、格好も変だし。でも気にしないで休んでよ」

 剣?格好が変なのは僕の方か……。

「そうだ、龍って何です?退治?」

「ここは龍に襲われる土地で。弟たちが頑張って抵抗するけどどんどん削られる。せっかく産んだのにって母様は怒るし、私も弟たちと離れるのは嫌なんだけどなぁ」

 なんだコレ?でもこのシカダさんからはおかしなことを言っているという雰囲気は全く感じられないし……。

 僕がそんなことを考えた時、遠くから声が聞こえてきた。

「龍が来たぞー!」


「大変だ。あなたはできるだけ遠くまで逃げて!」

 シカダさんは僕にそう言って小屋を飛び出していく。逃げろと言われたって右も左もわからない。とにかく小屋を出ると、そこには白い龍が地を舐めるように疾走する姿があった。

 巨大な龍は数多くの男衆をなぎ倒して進んでいた。その進路には飛び出したシカダさんがいて、僕は大声を上げた。

 だが、龍はシカダさんを回り込むようにくねり、そして僕の方に向かってきた。

 今度はシカダさんが声を上げる方だったが、その時にはもう僕は龍の口に咥えられていた。

 わけも分からす龍に運ばれる僕。すると、龍が声を発する。

「このままお前を一飲みにするのは簡単だが、お前は我らをよく学ぶものらしい」

「だから、我がただ削る者、虐げるものではないということも、お前にはわかるだろう」

 龍は、姿を変えていた。いつしか、美しい女性が僕を横に抱くようにしていた。

「であるから、今回はお前を助けてしんぜよう。我が名は高龗神。ゆめゆめわするること無かれ」

 彼女の後ろ、男性たちが倒され、流されていく。はるか後ろにシカダさんの姿が見える。

「ああ、ままにななりそ」

 彼女は流されていく弟たちに手を伸ばしそう声をかけていた。



 僕は河原に倒れていた。足が水に浸かっている。危なかった。一歩間違えれば水死だった。

 眼の前には渡良瀬川と、遠くに赤城山が見えていた。


 フィールドワークは中止として、車で山の方に向かう。思うところあって、塩原の貴船神社を訪ねたかったのだ。

 御祭神に礼をする。命を助けていただきありがとうございます。今後も、貴女様と身を削った者たちが作った大地のことを学び、人々に伝えます。

 

 帰り道、遠くに渡良瀬川が作った大間々扇状地がちらりと見えた。男たちはあの扇状地に散り散りになり、肥沃な平野を作ったのだ。そしてやはり渡良瀬川によって赤城火山の裾野から切り離されてしまった鹿田山の横を通りながら、おおままの語源となった河岸段丘に思いを馳せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこにはままがある TYPE33 @TYPE33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ