新訳 ushiwakamaru
小鳥 莉奈
第1話 刃の記憶
東京・渋谷。
喧騒とネオンに包まれた金曜の夜。制服姿の少年・大橋 陽翔(おおはし はると)は、人混みの中を足早に抜けていった。
特別目立つこともない、どこにでもいる高校2年生。ただ、昔から「身のこなしだけはやたら軽い」と言われていた。体育は得意。通学路のフェンスを跳び越えたり、鬼ごっこのような動きにはやたら強い。反射神経と感覚だけで生きているタイプだった。
「また赤点かよ……」
小さくつぶやいたのは、歴史のテストの結果を思い出したからだ。平安? 鎌倉? 義経って何した人だっけ、みたいな記憶しかない。
陽翔にとって歴史はゲームの背景に過ぎなかった。
中世は『戦ノ國無双』、近代は『アサクリ』。戦いの世界は好きだが、年号や人物名には興味が持てなかった。
その夜も、帰宅途中にふらりと立ち寄ったゲームショップの帰り道だった。
いつも通らない裏道――そこに、古ぼけた木造の建物が目に入った。黒ずんだ暖簾には、かすれた筆文字でこう書かれていた。
「判官堂(ほうがんどう)」
風に揺れるその暖簾に、なぜか吸い込まれるように足が向いた。古いものには少しだけ惹かれる。ゲームの世界でなら、レアアイテムが隠れてそうな店だ。
店内は薄暗く、香の匂いがかすかに漂っていた。仏像、槍、面具、巻物……古道具と骨董が所狭しと並ぶ。
そして、その中央に置かれた一本の短刀に、陽翔の目が止まった。
小柄に施された銀の細工。装飾の中央に浮かび上がる「判官」の文字。
「なんだこれ……」
伸ばした指が柄に触れた瞬間――
ズン、という音が頭の中で鳴った。視界が歪み、耳がキィィンと鳴る。
天井が崩れたような衝撃とともに、全身が宙へと引きずられる感覚。
「っ……!?」
思わず声を上げた瞬間、目の前が真っ暗になった。
⸻
気がついたとき、陽翔は、布団の上にいた。
――いや、布団……?
藁のような匂い。障子越しの光。ざわめく虫の音。
どこかの旅館か……? いや、それにしては空気が違う。
身体を起こし、傍らの銅鏡をのぞく。そこに映った顔――
「……誰だ、これ」
白く整った顔立ち、幼さの残る細い輪郭。自分の顔じゃない。いや、でもどこかで見たような……
次の瞬間、戸が開かれ、僧衣をまとった老人が静かに入ってきた。
「目覚められましたか……牛若殿。」
「……え?どんな冗談?
てか、夢の中かよ。」
と思ったが
(待て待て待て。そんなわけ――いや、もしかしてこれ、ドッキリ? VR?)
だがこの感覚はリアルすぎる。匂いも、感触も、痛みも、夢じゃない。
陽翔は自分の手を何度も握って確かめる。違う、自分じゃない。でも、自分の意識はここにある。
老人――僧・道範(どうはん)は静かに話し始めた。
この地は鞍馬山。少年・遮那王(しゃなおう)、すなわち源牛若丸は、つい数刻前に病で命を落とした。
そして同時に、彼の肉体には、別の魂が宿ったという。
「では……俺は……その牛若丸に?」
「ええ。魂が入れ替わったのです。」
信じがたい話だった。だが、目の前には、冷たくなった少年の遺体が横たわっていた。――それは、今の自分とまったく同じ顔。
牛若丸って、あれだろ?テストに出たよな。
そんなのどうでも良い。
は?????
「うそだろ……なんだよこれ……」
混乱の中、道範はさらに続けた。
「ですが、“天狗”はすべてを見通しておられる。もしあなたが“選ばれし替わり身”であるならば、この時代を救う“剣”となるかもしれません。」
陽翔は混乱の中で、ただ一つ冷静に思った。
(やばい。これ、ほんとにゲームじゃない。)
でも同時に、胸の奥で、かすかな熱が灯っているのを感じた。
生きてる理由も意味も感じることのない日々を送っていた。
そんな何も持ってなかった自分に――初めて、“物語の主人公”みたいな役割が与えられたような、そんな感覚。
「その“天狗”ってのに会わせてくれよ。話は、それからだ。」
少年の瞳に、初めて光が宿った。
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