幕間 ※ヴァルト視点

「……イザベラ、最近やけにリヴィアのことを庇うようになったと思わないか」


 リヴィアがフェルシェルに滞在するようになって、すでに数ヶ月が過ぎていた。


 かつては冷たい視線を浴びせ、あからさまに敵意を見せていたイザベラが、いつの頃からか、ことあるごとにリヴィアの肩を持つようになっていた。


 敬愛するセレスティア王女から「妹を頼みます」と直々に託された身としては――それがリヴィア自身の変化によるものであり、イザベラがその成長を認めた結果なのだとすれば、これ以上望ましいことはない。


 だが、ヴァルトにはどうしても引っかかるものがあった。


 イザベラは、フェルシェルの虐殺で息子を亡くした女だ。

 その彼女が、加害者であるカリクスト二世の娘を、そう簡単に許せるものだろうか。


 もちろん、同じ王の血を引くとはいえ、セレスティア王女は別格だ。

 幾度となく父王を諫め、慈善活動に身を投じ、フェルシェルを救うために自らを犠牲にしてまで説得に臨んだ。

 犠牲となった者たちを丁重に弔い、私財を投げ打って各地に物資を届けたその姿は、今や民の間でも語り草となっている。


 イザベラもまた、その恩恵を受けた一人だ。

 あの虐殺の夜、命を落としかけたイザベラを救ったのは、他でもないセレスティア王女だった。


 ――「死にたかった」


 かつて、息子の死に絶望していた彼女が、王女の言葉と手によって、生きる希望を取り戻していった。

 ヴァルトは、その過程をよく知っている。


 だからこそ、思う。


 あのイザベラが、リヴィアが少し変わったくらいで、そう簡単に許せるとは思えなかった。


「……別に、味方してるつもりはないですよ」


 イザベラは少しむくれたように答えた。


「あの子は――リヴィアはね。考えてみれば、あたしの仇の娘である前に、恩人の妹なんですよ。目を見ていると、どうしてもセレスティア王女様を思い出しちまうんです」


 それは、ヴァルトにも理解できた。

 セレスティア王女の瞳は、美しいアメジスト色。亡き王妃から受け継いだとされるその色を、正妃の血を引かないはずのリヴィアも、驚くほどそっくりに持っている。


 父王カリクスト二世の瞳は焦げ茶色。

 彼からの遺伝では説明のつかないその色が、逆にリヴィアの出自をいっそう複雑にしていた。


「それに……この間、初めてリヴィアと一緒に食事をとったんですよ」


 使用人が二人しかいない領主邸では、これまでイザベラとリヴィアが同じ卓を囲むことはなかった。

 イザベラに仲良くする気がなかったのも理由のひとつだが、何より、王都から届く物資の対応で、誰かが席を外す必要があるという事情もあった。


 リヴィアも、一人での食事に何の不満も言わなかった。


 その日も、物資の受け取りを終えたあと、温め直すのも手間だということで、イザベラは仕方なく彼女と一緒に食事をとることにした。


 すると――


 リヴィアは一口食べた途端、目を丸くし、こう言った。


「こんなに美味しいごはん、初めてです! 今日は特別なものを?」


 イザベラは面食らった。

 材料も、手順も、何ひとつ特別なことなどしていない。リヴィア自身も調理を手伝っていたはずだ。


 「いつも通りだよ」と答えても、リヴィアは首を横に振った。


「絶対に違います。まるで……魔法みたい」


 そして、何かに気づいたように、リヴィアの表情が変わった。


「今日は、イザベラさんがいたから……」


 イザベラは、言葉を失った。


 リヴィアは、嬉しそうに笑ったかと思えば、すぐに悲しげに視線を落とした。


「誰かと、こうやって食べたのは初めてだったので……その……また一緒に食べても、いいですか?」


 恐る恐る尋ねたその声に、イザベラはただ、黙って頷くしかなかった。


 


「蝶よ花よと甘やかされて育った王女様だって聞いてましたがね……ねえ、領主様。本当に、あれが『リヴィア・ミレイユ・エルセリオ』本人なんですかい? まさか、別人ってことは……」


 それはあり得ない。

 リヴィアに仕えていた乳母や侍女に面通しをし、本人であると確認も取れている。

 肖像画と一致し、最初は否定していたが、今では自ら「自分はリヴィア王女だ」と認めている。


 フェルシェルにいるのは、紛れもなく『リヴィア・ミレイユ・エルセリオ』本人だ。


 だが、ヴァルトがかねてより抱いていた違和感を、イザベラも感じている。

 リヴィアには――何か、彼すら知らない秘密がある。


 ――そう確信していた。


 


「あとね。あたしも、もうこんな歳でしょう。誰かを恨んで憎んで生きていくのは……もう、疲れるんですよ。憎しみってのは、重くて辛い感情でね。この年寄りには、ちょっと重すぎたんだわ。……たぶん、降ろしたくなったのかもしれませんね」


 そう言ったイザベラは、きっとこれからも息子の死を背負いながら生きていくのだろう。

 だが、もしその中から憎しみの重りを外すことができれば――

 イザベラは、もう少しだけ、身軽に生きられるのかもしれない。


 大切な者を失ったことのないヴァルトには、その答えはわからなかった。

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