地獄の口


「──地獄の口、については倉の文献に書いてあったよ。書いたのは、『雪子』の息子である長男のようだけど」


叔父さんは、おばちゃんが淹れ直したドクダミ茶を一口啜った。

つられて千穂も一口。


(濃すぎる……!)


「ドクダミ茶、血圧にいいんでしたっけ……」


叔父さんが、のんびりと呟いた。


「健康にはいいはずだよ」


「いいですねえ、最近年のせいか血圧が高くて、通院してるので……ちょっと気になってて」


(自分もお医者さんなのに?なんだっけ、なんかことわざあったよね……)


内容は真剣に聞くべき、と思ってはいるけれど……。

どこか他人事のように感じる。


(あ、医者の不養生だ!)


千穂は笑いを隠すために、うつむいた。

叔父さんの真面目な話が再開された。


「文献によるとね、2代目が書いたのは間違いないんだけど……雪子が人柱にされた後、火事があったらしくて家系図が一回焼失しているから『雪子と当主』が初代、として再編されているようで──実際は、もっと前から続いてる家系のようだよ」


叔父さんは内容とは裏腹に、のんびりとした口調で話を続ける。


「もうちょっと調べないと、関係性の確定は出来ないんだけど。ああ、論文としては、だよ」


「論文……?」


おばちゃんが、首をかしげる。


「そうなんですよ。文献や口伝から導き出される『推測』じゃないと、論文としては弱いんです。学術的観点から見ると、根拠の無い想像は妄言ですからね」


「学者さんの考えることは私にはわからないけれどねぇ、文書ってことならよっちゃんの箱に幾つか──千穂がいいって言えばだけど」


「よっちゃんとは……?」


「ああ、よっちゃんは千穂の祖母だよ。伊藤の直系、伊藤 良枝。一人娘だったからね、婿さん取ったんだよ」


叔父さんは、千穂に断りをいれてから真剣にちゃぶ台に出されたままだった家系図を調べ始めた。


「うん、文献の名前と一致してるね。二代目の『弥兵衛』が、色々書き残しているようだ。しかし、実に興味深い……4代毎に、当主が朱墨で記されて、全部女性だね?ふむ。男性と、そうじゃない代の女性当主は普通の墨──」


叔父さんは、顔を上げて説明するように家系図について話し始めた。


「朱墨で記す、っていうのはね。家系図作成においては、珍しい事じゃないんだよ。特別な人物は朱墨で記す家は多くないけど、他にもあるんだ」


──なんせ、昔の文字には黒か朱しか無かったんだからね。

叔父さんはそう言って、微笑んだ。


「この滲んだ部分は──千穂さん?うーん、ここだけ滲むのもまた面妖だけど。一旦そこは置いておいて。朱文字でみていくと、一世代飛んでますかね、ここ……」


「ああ、よっちゃんのお父さん、つまり千穂のひいおじいちゃんだね。当主を継ぐ前に戦争で亡くなってて、そのままよっちゃんが当主になってる」


「なるほど。よくあることですから、不自然じゃないですね。としても、この滲みかたはみたことがないな……濡れたなら、シミになるはずだし……」


「ほんとにねえ、なんだか薄気味悪い。一応言っておくと、朱墨の代は絶対女性当主なんだけどさ、他は長男なんだよ。居なければ、よっちゃんみたいに娘が婿さん取るけども」


「うんうん、非常識ではない継ぎ方ですね。この滲みは単なる伝承好きという私的観点で見ると、なにか意味があるんじゃないかな?と思うんですが、もう少しデータが欲しい……」


(お婆ちゃんは、私に必要なものは全部おばちゃんに預けてあるって言い残してる……あの、段ボール箱の中身が、お婆ちゃんの遺品……)


「あの」


千穂が思いきって声をあげた。


「祖母の遺品、良かったら調べていただけませんか」


「遺品?」


「はい。この箱に」


千穂は、叔父さんの前に箱をおいた。


「おお、文書と──あ、これは通帳だから関係無いね……そうだね、関係ありそうな古いものだけ──」


叔父さんは手慣れた手つきで、箱をチェックして仕分けしていった。


「いいのかい?」


おばちゃんが、気遣わしげに千穂を見た。


「うん。私も知りたい、知るべきだって」


──関係ない、と言いたい気持ちはある。

今、令和だよ?

こんなオカルト番組観たいなこと……

だけど、本当のこともたくさん。


(もう、知らんぷりなんて、無理)

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