タカミオの叔父さん
一時間ほどして、やってきたのはタカミオ、その叔父、そして祖父だった。
タカミオは、無理を言って祖父についてきたらしい。
大人たちは、玄関先で小声の相談を始めた。
時折耳に入ってくる単語からして、どうやらさっきの話の続きをしているようだった。
そのとき、叔父さんが千穂にも名刺を差し出してきた。
(……文字がいっぱい)
◆
高橋 洋平(Yohei Takahashi, Ph.D.)
博士(文学)
東雲大学 文学部 准教授(民俗学)
東雲大学 地域文化研究センター 専任研究員
Ph.D
・宗教民俗学(竜神信仰・水神・人柱伝承)
・地域文化論
・口承文芸
・東日本における民間信仰のフィールドワーク
takahashi@shinonome-u.ac.jp
03-XXXX-XXXX
東雲大学 文学部 民俗学講座
〒123-4567 東京都○○区○○町1-1-1
◆
「叔父さん、こういう変な話の専門家なんだよ」
タカミオが名刺を覗き込みながら、誇らしげに言った。
「叔父さんの影響で、って言ってたもんね?」
「そうそう。こういうのに興味持ったのは、叔父さんの話が面白くてさ」
(あ、医者を辞めたっていう叔父さんか……ただの研究家じゃなくて、準教授じゃないの)
「タカミオは、本当に変な話好きだね」
千穂は笑って、ふと視線を上げた──そして、固まった。
叔父さんとお爺さんが、そろって驚いたような顔で千穂を見ていたのだ。
「お嬢さん……その名前をどこで……?」
「えっ?」
不意を突かれた千穂の声に、今度は叔父さんが口を開いた。
「えっと、今……タカミオって聞こえたと思うんだけど……」
柔らかい物腰の、少しぽっちゃりした叔父さんだ。
黒ぶちの眼鏡をかけていて、いかにも研究者という風貌をしている。
「あ、はい。高橋くんは──タカミオって、あだ名なので」
「澪──ああ、本当だ、確かに高橋と澪で」
「いや、だけど、名前を付けたのは兄さんの嫁さんの方だったし」
「偶然にしては、いや、偶然じゃないのか」
叔父さんはもう一度、千穂に向き直った。
柔らかい声で、びっくりさせてごめんねと言った後に、こう続けた。
「大きな声出してごめんよ。うちではミオって呼んでるから、名字とくっつけてタカミオとは思い付きもしなくて」
ああ、とタカミオが納得したように頷いた、
「転入した時に、同じ名字の高橋がもう居たからさ。じゃあ、名字とくっつけたら語呂いいんじゃね?でタカミオになったんだよね」
なるほど、と叔父さんが小さく唸った。
そして、ゆっくり話し始めた。
「僕は今ちょうど、子供の頃住んでいた巳沢村の竜神信仰について論文を書いていてね。村はもうないし、住人も高齢で少々行き詰まっていたんだけど──」
叔父さんは、みんなが聞いてるか確認するかのように、一拍おいてから話を続けた。
「先日、澪が伊藤さんの倉から文書を持ち帰ってきて、ちょっと突破口が見えたところでね……巳沢村と、この村には少なからず因縁がある。こんなに遠くても、ね」
誰も口を開かない。
千穂は、聞きたいような聞きたくないような不思議な気持ちで、話の続きを待った。
「現状、なにが起きてるかは一旦置いておいて──文献と取材から得た話を総合すると、主線……つまりメインの話は2つあるんだよね。巳沢村の竜神信仰と、この村……溝ノ口村の地獄の口と。どちらも、キーパーソンは『雪子』という人物」
──雪子。
もう何度も見聞きした、千穂のご先祖様だ。
「巳沢村での雪子は、竜神のお気に入りの娘で乾期にちょっと雨を降らせるとか『お気に入りのちょっとしたお願い』を叶えていた、と伝わっている」
巳沢村出身の、タカミオの祖父はウンウンと頷いている。
「そのちょっとした『奇跡』目を付けたのが、一帯を治めていた伊藤家。武家と伝わっているけれど──実際の記録だと、ご先祖の生家が武家だった地主さんだね」
(お婆ちゃんもお父さんも、あんなに武家武家言ってたのに、違うなんて……ほんと、言い伝えって適当だ)
千穂は、他人の方が自分の家の事に詳しいことに驚きつつ、黙って耳を傾けた。
「村の人間が地主様に逆らうなんて、到底無理な話だからね。雪子は溝ノ口に嫁に来た、ということで繋がりが出来たわけだ」
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