『思い出した』記憶
中々寝付けず、朝からぐったりしていた千穂だったが。
どうにか身支度を整え、リビングに行くとテーブルの上にメモがおいてあった。
【ちほへ
暫く仕事が立て込むので遅くなる
斎藤さんのお店で食料品を買うように
金は後で父さんが払うので気にしなくていい】
(学校の帰りに寄ればいいかな。冷蔵庫になんにもないし……)
本当は朝御飯も、パンじゃなくてご飯がいい。
継母が居ない今だけは、気兼ねなくキッチンが使える。
──このまま帰ってこなければいいのに。
千穂はそんなネガティブなことを思った自分に、ちょっと戸惑いながら玄関のドアに鍵を掛けて登校した。
多目的室の雰囲気は、浮わついていた。
普段と違うことが……いつもと違うなにかを感じさせるからだろうか。
珍しく、優子が来ていて千穂は笑顔になった。
「優子、おはよう!」
「うん、おはよ……」
相変わらず、大人のお姉さんのような優子。
きれいな栗色に染められた髪は、田舎の子じゃないみたいだ。
(いつも隣町の美容院に行ってるのかな……いいなぁ、お洒落で)
昼休み、優子がポツリと呟いた。
「引っ越すことになって」
千穂は急なことに驚いて、暫く息が止まったような気がした。
奈緒ちゃんも呆然としている。
「ええ?どこに?」
「北海道だから、遠いとこだね。ちょっと親と色々あって、親戚の家に行くことになったんだよね」
優子はどうでも良さそうに呟き、髪をかきあげた。
サラサラと指の間を流れ落ちる栗色の髪を弄びながら、優子は言った。
「部屋はもう片付け終わっててさ、見て。懐かしいものが出てきたから、ちーちゃんと奈緒に見せようと思って」
「え~なになに?あっ!お手紙だ!」
優子が持ってきたのは、大きなお菓子の空き缶。
それには3人で送りあった、メモやノートの切れ端。
優子がクスクス笑いながら、一枚の紙を選んだ。
「ちーちゃんの怪文書もあるよ」
「怪文書?なにそれー!」
優子が広げたのは、折れ目が千切れそうになっているたたまれた画用紙だ。
青いクレヨンで、なにか書いてある。
「これ、ちーちゃんが幼稚園の頃くれたお手紙なんだけどさ」
「何も読めないよ!ちーちゃん!」
奈緒ちゃんがケタケタと笑った。
──確かに読めない。
「んー、これは私が熱出して幼稚園休んでた時に、ちーちゃんがお母さんと持ってきてくれたの。桃と一緒に」
青いクレヨンで書いた手紙。
誰かの家に届けに行ったら、男の子が出てきて──
「あの、それって」
「覚えてない?幼稚園のころ、うちのお兄ちゃんと一緒に裏山に行ってさ。ちーちゃん途中で泣きながら帰っちゃって」
──裏山。
「結局、お兄ちゃんとニ人で探検してさ、噂の石塚見つけて。ちーちゃんに見せるって言ってきれいな丸い石持って帰ってね」
(ああ、あの夢。思い出した……)
「その日から熱出しちゃってさ。暫く幼稚園休んでた時に、の話だよ」
優子と奈緒ちゃんの声が、遠くなった気がした。
「こないだ親と喧嘩した時に、思い出してさ。お手紙取ってあったと思って探してきたの──」
そうだった。
何で忘れていたんだろう?
うちでスイカを食べたあと、優子のお兄ちゃんが裏山に行こうって。
最初はワクワクして着いていったんだ。
だけど──裏山に入ってから、おばあちゃんに絶対行ってはいけないって言われたのを思い出して……。
裏山じゃなくて、おばあちゃんにバレるのが怖くて一人で帰ったんだった──。
『お兄ちゃん』は石塚に行ったんだ。
優子にお手紙を届けた時に、見せてくれた。
お見舞いの桃を持ってたのは、母なんだろう。
母が、黄色いエコバッグを持ってたのを覚えている。
(こんなにちゃんと覚えてるのに、何で忘れてたんだろう……?)
──そうだ、次の日お母さんが倒れて、入院して…………
千穂は午後の授業に集中出来ず、ノート取りながら。
頭の中では、当時の出来事がグルグルし続けていた。
(お母さんは、そのまま退院することなく死んじゃったんだった……)
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