不穏
担任が来て、また騒がしくなった教室の中で。
千穂は、独りぼっちになったような気持ちで、静かに座っていた。
──ぬるま湯のような、でも妙に“質感”のある風。
「ミツケタ」
男でも女でもなく、子供でもない。
なんとも形容しがたい声。
みんなに聞こえていたら、大騒ぎになっていたはずだ。
──あんな声、聞いたことない。
不気味で、でも、嬉しそうで──怖い声。
私に言ったんだろうか。
私を探してた?
(──まさかね。ネット小説の読みすぎかも)
「おー、みんな一旦体育館行けー。避難だぞー」
陽気な担任の声で、千穂は我に返った。
教室を見渡すと、みんな鞄を手にして移動しはじめていた。
奈緒ちゃんと一緒に教室を出る時、ふと振り返る。
タカミオが、他の男子と並んで、外を眺めていた。
立っているだけ──だけど、もしかしたらタカミオなら、わかってくれるかもしれない。
──いや、絶対変な人だと思われる。
自分にしか感じない風、聞こえない声……
そんなの、現実的じゃないもの。
「──でね、今朝起きたら、片目だけ二重になってたの!」
奈緒ちゃんが、目を輝かせてはしゃぐ。
「でもすぐ戻っちゃってさー。家で一重なの、私だけなんだよ?
だから、将来は二重になると思うんだよね」
「うん、奈緒ちゃんはなりそうだよ。私は……お父さんが一重だからなぁ」
気味の悪い考えは、とりあえず押し退けて。
千穂は奈緒ちゃんとの取りとめのない会話に、身を委ねることにした。
先生がいない体育館は、みんなお喋りに夢中だった。
ガラスが割れた件で持ちきりだ。
非日常的な事件に、みんなちょっとだけ興奮しているように見える。
──聞きたくない、考えたくない。
千穂は自然とクラスメイトから離れ、体育館の壁に寄りかかった。
しばらくして、千穂は隣にタカミオが居ることに気が付いた。
「あれ、いつから──」
「うーん、十五分前くらいかな」
タカミオは、落ち着いた声でそう言った。
「なんか、考え事してたみたいだからさ」
「え?うん。ちょっとね」
「千穂も見たんだろ?」
タカミオは前を向いたまま、低い声で呟いた。
「え?」
「窓から、黒い霧が入ってきた。見ただろ?」
「──それは見てない。でも」
千穂は気味の悪い声、ねっとりとした風の話を途切れ途切れ、タカミオ打ち明けた。
「多分、同じもの、だと思う」
タカミオがボソボソと呟いた。
「俺──小さい頃から、ああいうの見えるんだよ。『アレ』は爺ちゃんは【悪意のような、良くないなにか】だって言うんだよね。東京だとホントに多くて──だから人の少ない田舎に預けられたんだ」
「私には見えなかったけど──」
「千穂の近く……って言うか教室の真ん中でグルグル回って、また窓から出ていったから──千穂が『感じた』風が」
"俺には黒い霧に見えたんだと思う"
タカミオはそう言ったあと、黙り込んだ。
「あれってなんなのかな……」
「わからない。ただ、見えてるのに気が付かれると良くないって爺ちゃんが言ってるから──千穂も気配を感じてるっていうのは、気がつかれない方が良いと思う」
「ちーちゃーん!」
奈緒ちゃんがパタパタと走ってきた。
「多目的室に移動だってー!」
奈緒ちゃんに腕を取られ、歩き始めた千穂にタカミオが声をかけた。
「……気をつけろよ」
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