プールと蛇

夕食を食べ終え、自分の部屋に戻った千穂はなんとも言えぬ不安な気持ちで色々考えた。


この時代に呪いとか、あんな迷信めいた話ある?

ちょっと信じられないかな……さすがにお父さんの方が、正しいんじゃないかな。

お婆ちゃんは最近、ホントにおかしい。

うちは家が古いだけで、どこも普通と変わらないじゃないの。


千穂は布団を頭からかぶり、エアコンの効いた涼しい部屋でぐっすり眠った。


翌日、千穂は友達の優子とプールに行く約束をしていたので祖母に遊びに行ってくる、と声をかけ家を出た。


「うわ!」


足元を何かがすり抜けていったので、目で追うと一匹の蛇がシュルリと草むらに消えていった。

ど田舎なので、この辺は蛇が多い。

プールと言ったって洒落た施設ではなく夏休みに解放されてる近所の小学校のプールだ。


いつもの事と思いながらも千穂は昨日の祖母の話を思い出し、なんとなく陰鬱な気分になった。


「お、伊藤!元気だったかぁ?中学校はどうだ?楽しいかぁ?」


先に着いた千穂が校門で優子を待っていると、担任だった先生に話し掛けられた。

田舎過ぎて小学校は各一クラスだったし、子の先生は六年間ずっと担任だった、気心知れた先生だ。

しばらく中学校生活の話をしていると、優子が小走りでやって来た。


「ごめーん、ちーちゃん待った?行こ行こ!」


ちょっと見ぬ間になんだか雰囲気が変わった印象の優子は、千穂の腕を引っ張りプールの方に向かった。

あ、挨拶……チラリと振り返ると、先生は低学年の子に囲まれていたので千穂は気にせずそのままプールへ向かった。


更衣室で着替えていると、優子の首にキラリと光るペンダントが付けられている。

イルカのモチーフで、目の部分に青い石があしらわれた可愛らしいもの。

千穂は優子の日焼けした細い首と肩の日焼けしてない部分のコントラストに、ちょっとどぎまぎした。

自分にはない大人っぽさ。

優子は、なぁに?とでも言うように首を傾げた。


「そのペンダント、かわいいね。似合ってる」


千穂は慌てて、見惚れていたのを取り繕うかのように、アクセサリーを褒めた。


「これ?うふ、夏休みに入ってすぐにね、彼氏が出来てデートの記念にね」


「ええー!いいなぁ!すごーい!」


優子の彼氏は隣町の人のようだった。

興味津々で質問する千穂を、のらりくらりと躱し恋人は年上……ということしか教えてくれなかった。


二人は時々見回りに来る大人達から言われて休憩しつつ、午後もプールで恋バナを満喫した。


「キャー!」


プールの端の方で女の子が叫んでいる。

足でもつったのか、と視線を向けるとその子は慌ててプールから上がるところだった。


「蛇、蛇が」


数人居た遊泳中の人は皆驚き、慌ててプールから避難した。

千穂はプールサイドから、誰もいないプールを悠々と泳ぐ大きな蛇を不安な気持ちで見ていた。


「青大将だなぁ。毒はないから大丈夫、今日はおしまいだぞー、蛇は先生が捕まえておくから」


いつの間にかプールサイドに来ていた先生が、大きな声で叫んだ。

子供達はゾロゾロ更衣室に向かい、着替えた千穂と優子は公園でちょっと話し、日が暮れる前に帰宅した。


千穂はサッと水着の洗濯を済ませ、外の物干しに引っ掛けてから台所に行って、夕飯の支度をする祖母にプールで蛇が泳いでた話をした。


「蛇も暑かったんだろうかね。でも……そうだね、しばらくプールには行かない方が良いんじゃないかい?」


祖母は野菜を切る手を止めることなく、静かに言葉を返した。

千穂はそうする、と答え夕飯に使う食器を用意しながら祖母といつものように話し、その夏プールに行くことは無かった。


翌日から雨が降りだし、その雨は夏休みが終わるまでやむことが無かった。

テレビでは異常気象だと騒がれ、祖母は難しい顔をして黙り込む事が増えた。

両親と千穂、妹は特にいつもと変わること無く過ごしていた。


ニ学期になり、千穂は毎日雨の中をニ十分歩いて中学校まで行った。

小学校卒業後は引っ越す子も多く、この中学校は三つの村の子全員を集めても一クラスしかなかったので、クラスメイトはみんな気心が知れている。

数日経って、千穂は他の友人達から優子の噂を聞いた。


─夏休みに隣町で男の人と一緒に歩いていた。

─男の車から降りてくる優子を見た。


そんな話である。

最近の優子は電話にも出ないし、滅多に既読も付かない。

欠席も増えていて、噂好きの生徒の格好の餌食になっていた。

もう一人、仲の良い奈緒ちゃんが何回か家に行ったみたいだけど、会えなかったみたい。


十ニ月。継母のお腹はどんどん大きくなり、愛梨はどんどん機嫌が悪くなった。

千穂を見るたびに突っ掛かってくる。


この頃から、祖母は咳き込むようになり、寝込むことが多くなった。

年末は両親と妹が母親の実家に数日泊まってくると言い、千穂と祖母は二人で新年を迎えた。

お雑煮を食べながら、祖母が話しだした。


「千穂。自分で産んどいて言うのもなんだけどね、お前の父親はどうにも信用ならん。悪人じゃあないが、身勝手がすぎる」


祖母は溜め息をついた。


「もしワシから何か貰ったか、預かってるかと聞かれても、知らないって言うんだよ。ワシが持っている物で……千穂に必要な物は全部、斎藤のおばちゃんに預けてあるから」


けほ、と祖母は乾いた咳をして呟いた。


「せめて、みさわ家に誰か残ってればよかったんだけどねえ。お前の母親は身寄りがなかったから、どうにもならんね」


うん。

千穂は黙って頷いた。

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