大蛇が見た夢

藤 野乃

世が世ならお姫さま

千穂の家は普通のサラリーマン家庭だ。

祖母は「世が世ならワシはお姫様だった」、と言うのが口癖だ。

確かに家系図も相当昔まで遡れるし、昔は裕福だったのかもしれない。

だけど名字は西園寺とか龍堂とかイケてる名字ではなく伊藤……。

珍しい名字ではない。


千穂の家は元々は築百年の平屋。

あちこち増築されて二階建てになっているが、そろそろ建て替えを検討するくらい古い建造物だった。


十五歳の千穂には友達の家のお洒落さが、とても羨ましく思えた。

父親が酔って「うちの梁は御神木で出来ているんだぞ」と良く自慢するが、中学生の千穂はそんなものに興味はない。

やはり、お花が飾られている出窓やレースのカーテンの方が素敵に思える。


この夏、両親と妹は遠方へ旅行に行った。

親戚の結婚式に出るためだ。

千穂は祖母とお留守番。

その結婚式は、後妻である継母の親戚のものだったから。

実母は千穂が五歳の時に病気で亡くなっている。

父親が再婚して、二歳年下の妹が出来たのが七歳の頃。

好かれてはいないが、意地悪まではされていない──、そんな関係。


祖母は自分が探してきた【嫁】である実母とは上手くやっていたが、新しい母を毛嫌いし妹も居ないかのように振るまった。

時折、父親が苦言を呈する事もあったがその度に言い争いになる。


「そんな古い迷信あってたまるか」

「お前はなにもわかっていない」


最後は父親が酒を飲んで寝てしまい、祖母は千穂に「家を継ぐのは絶対に千穂」と言うのがお決まりのパターンだった。

春に新しい母が妊娠してから、特にそう言うことが増えた。

父親は初めての男児だと浮かれていたが、祖母は日に日に陰鬱になり、小言が増えた。


祖母と二人きりの一週間。

千穂は少しだけウンザリした気分だった。


お婆ちゃんのごはんは美味しいけれど、昔話が多すぎるのよね。


ニ日目の午後、祖母の部屋に呼ばれた千穂はいつものようにおとなしく祖母の話を聞いた。

口答えしない方が早く終わるからだ。


だが、今日はいつもと様子が違う。

祖母は戸棚から箱に入った家系図を取り出し、千穂に見せた。

それを見るのは初めてで、古い巻紙に記された家系図を興味深く見つめた。


室町時代から始まったとされる伊藤家の家系図には、所々墨ではなく朱墨で記された赤い名前があった。

千穂の名前も赤く記されている。


「わかるかい、数えてごらん。千穂がちょうど四十代目、朱文字の十人目だ」


「……多くない?六百年くらい前だよね?四十代も代替わりって」


「没年齢も書いてある。男性当主は短命が多いんだよ。だから代替わりも早い」


朱文字で記された名は、全て直系の娘で婿を取った代の当主だ。

初代の妻の朱文字から四代ごとの朱、千穂は朱文字の十人目のようだ。

家系図に、継母と妹の名はない。


「いいかい、今から秘密の話をする。誰にも言ってはいけないよ」


ご先祖様はね────

この初代、雪子様はね…幼名が観音女だってことしか伝えられてないのだけれど。

不思議な力を持っていたと言われていてね。

干ばつの時に雨を降らせたり……まあ、そういう話が代々伝わってるんだよ、ちょうど今私が話しているようにね。

なんでも、優しくて穏やかな人だったみたいだよ。


「おばあちゃん、どうして最初の赤い文字だけ当主じゃなくて、妻の名前なの?他はお婿さんなんでしょ?」


「そりゃ雪子様の口伝だからね。この家系図は二代目が起こしたものだからじゃないかねえ……」


ああ、隆弘には四の倍数の代は直系女子でなければいけないと言ってあるんだがね、聞きやしないんだよ。

またその話か、迷信だろうってね。


おや、退屈かい?

なら本題を先に言おうか。

この雪子様は、その不可思議な力で洪水を起こしたり土砂崩れを起こして一帯を荒らす、龍を討伐されたと言われているんだよ。

その後しばらく災害はなかったそうでね、雪子様は民に感謝され、年頃になって条件のいい家に嫁に出された。

ほら、三人の名前があるだろう。

雪子様が三人目を出産したあと、土地一帯に怪異が起こるようになったのさ。


晴れた日に土砂崩れ、井戸に引き込まれる子供、深夜に何か這い回る音……

大蛇を見たと言い出す民もいたそうだよ。

まあ、結論を言うとね、雪子様が龍に呪われたって事さね。


三人目の子……名前の下に小さい印が付いているだろう?

この方には鱗があったそうだよ。


「ええーーー……」


(そんなことある……?)


「どこにどんな風にあったかは伝わってないがね」


ほぼ全員に印が付いてるんだよ──。

うん、ワシの名前にも印が付いてるな。

これが呪いと言われる由来さ。

…………まあ、雪子様は一転して龍を怒らせて殺した大悪人という事にされたんだ。

それで、龍には鎮まって貰わないといけないって事で、雪子様は生きたまま人柱にされたんだよ。

それも音頭を取ったのは、雪子を娶った男だった。


二人は女の子でね、雪子様から大事な話を聞いたあと、秘密裏に乳母と一緒に逃がされたんだ。

真ん中の男の子がほれ、二代目さ。

二代目が雪子様に言われたことが、こうなのさ。


「私は生きたまま人柱になる……数えて四代毎に直系の女性を必ず当主に。でないと障りがあるから。十人目の女子当主までは、必ず」


ああ、十人目が千穂だ──。

お前は特別な跡取りってことさね。


……まあ、口伝だからね、間違いや脚色もあるだろうさ。

嘘だと思うだろう?見てごらん。


いつも長袖を着ている祖母が、右袖を捲って腕を見せた。


その腕には確かに鱗があったが、痣のようにも皮膚炎のようにも見えた。


「まあ、今時の話とは言えないね。かなり割愛してるから、詳しく知りたくなったら、ワシか斎藤のおばちゃんに聞きな」



祖母はそう言って話を締め括った。

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