劇場版ASMRの悲劇

ちびまるフォイ

ASMRの使い道

「支援者のみなさん。

 今日はお集まりいただきありがとうございます!

 皆さんの支援のおかげで劇場版ASMRが完成しました!」


集まった支援者は温かい拍手を送った。

自分もこの完成を心待ちにしていた。


「では中を案内します。こちらへどうぞ」


「ASMR劇場ってどんな感じなんだろう」


全国初のASMR特化型劇場。

いったいどんな仕上がりなのか期待に胸が踊る。


「こちらがASMRシアターです」


「こ、これは……」


劇場にはコールドスリープでもできそうなカプセルが並ぶ。


「え……これがASMR劇場……?」


「そうです、ひとつ開けてみましょう」


カプセルのフタが開く。

中には人がひとり寝そべるだけのスペースと、

カプセルの内側にはたくさんの装置が組み込まれていた。


「カプセルのフタは透過率200%の超透明グラス。

 どの位置でもスクリーンが見えますし、

 偏光度により肉眼で見るよりも大きく見えます」


「ASMRの劇場版って、スクリーンには何を映すんですか?」


「いい質問です。それは見る人によって異なります」


「へ?」


「この劇場は同じ時間でも異なる映像を届けることができます。

 特殊な技術で映画チャンネルを設けました。

 支援者のみなさんは、自分のみたいASMR映像を大画面で楽しますよ!」


「おおおお!」


ASMRといってもジャンルで好みが大きく変わる。

焚き火を延々と眺めるのが好きな人。

機械によるプレスを眺めるのが好きな人。


自分は延々と噴水が流れるのを見るのが好きだった。


「それだけではありません。

 カプセルの内側には専用の立体音響設備。

 密閉されたカプセルの中では反響してその場にいるような臨場感!」


「すごい!」


「さらに、カプセル内に配置されている通気口からは

 シーンに合わせた香りを出すことができます!」


「なんて没入感!!」


「驚くのはまだ早いですよ。

 極めつけは……この腕の装置です!」


よく見るとカプセルの内側には手を配置させる肘置き。

というよりグローブが設置されてある。


「これは何に使うんです?」


「ちょっと体験してみましょうか」


カプセルからグローブを引っ張り出して腕にはめる。

スイッチをいれると、サラサラの砂を触っている感覚がある。


「な、なんだこれ!?」


「遠隔触感グローブです。

 内側の微細な電気信号を皮膚に与えることで

 まるで触っているような感覚になるでしょう?」


「たしかに!!」


「これらが合わさるとどうなると思いますか?」


「想像もできないほどのASMR没入体験だ!!」


期待値は大きく上がる。

これまでにない体験ができるだろう。

もうはやくカプセルに入りたい。


「それでは上映をはじめます。

 ですがASMRの特性上、音には非常に敏感です。

 上映中の途中退席やカプセルを開けることはできません」


「そりゃそうだ」


繊細なASMRに没頭している間、

誰かがカプセルを開けてスクリーンを横切るだけで

没入していた感覚は一気に途切れてしまうだろう。


あらゆる準備を済ませて、カプセルに入る。


「それでは最高のASMR体験を!!」


カプセルに入ると劇場が暗くなった。


「ああ、どうしよう。なにを体験しようかな」


劇場版なので長尺でASMRが楽しめる。

自分の好きなジャンルのASMRでタイムラインを埋める。


あとは腕をグローブに通して固定する。

足と頭を指定の位置において、ASMRに備える。


ブザーが鳴った。


「いよいよ上映か……!!」


胸がドキドキする。



スクリーンには映像が映らない。



「……あれ?」



スクリーンには何かノイズのようなものが映る。

スタッフの焦りを含んだ声がカプセルの外から聞こえてくる。


「おい、どうなってるんだ!?」


「混線してしまっているようです!

 客の選択があべこべになって上映されています!」


するとスクリーンには映像が写った。

自分が選択したのはチョコレートフォンデュが流れるASMR。


「なんか揉めていたようだけど、ちゃんと上映されてるじゃないか」


安心してASMRに集中する。


カプセル内の様々な装置が映像に合わせて動き出す。

しかし、すでに混線が行われ他のカプセルの指定が自分のカプセルに適用される。



スクリーンにはチョコレートフォンデュ。


香りはトイレの芳香剤のようなミントの香り。


耳元では何か柔らかく温かいものを食べるような音。


グローブを通して、生温かいスライム状の触感がする。



「うわ……うわあああ……!」



声にならない悲鳴が体の内側から出てくる。


映像と匂いと触感と音。


それらが合体事故を起こした結果、

茶色で温かな"アレ"を想起させる地獄のASMRが上映される。



「誰か!! 誰か開けてくれーー!!」



カプセルは内側からは開かない。

体験者は地獄の2時間を過ごした。




もちろんカプセルの一般公開は見送られることとなった。


その代わり、新型拷問器具としての採用が決まった。

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