自分を守る為の虚ろな笑顔は、どうやら初恋の相手にもバレてるらしい

 凛音から逃げるように隠れた場所で、書店に似つかわしくない過呼吸を起こす栞。何度も深呼吸しながら、動揺して跳ね回る心臓を落ち着かせて、苦虫を潰したかのような表情で盛大に頭を抱える。


「運が……悪過ぎる……」


 思えば、このショッピングモールに来た時からそうだった。


 数秒違えば、彼等の姿を視界に収めることも無かったし、それが気になってコスプレ専門店までストーカーする事も無かったのだ。そしたら、好きな男の子と自分じゃ無い他の女の子がイチャイチャしている所など、見なくて済んだ。


 それなのに、ここに来て本屋でも遭遇してしまうなんて。ニーチェが言っていた事は、どうやら間違っていなかったらしい。栞は、来年の初詣に行かない事を、たった今この瞬間に決めた。


 本屋に長く滞在し過ぎたお前のせいと、神様が苦言を呈したくなるような美しい責任転嫁だが、そんな他愛も無い事を考えていると、ふと彼女の鼓膜をかすめた控えめな足音。


 その足音は、自分が逃げて来た動線──つまり、凛音が立っていた方向から、段々とこちらに近付いて来ているようだ。


──やばいやばいやばい……もう誰でも良いから助けて……!神様仏様女神様!!


 どうでも良い事を考えていた為、その足音に気付くのが遅れた栞。今から出来る回避行動なんて、その足音に背中を向けて顔を隠す位なものだが、彼女の特徴的な銀髪故にそれも意味は成さないだろう。


 もう、すぐそこまで接近している革靴が床を叩く音。


 成す術の無い栞は、最後の抵抗でグッと力強く目を瞑り、後は良く知っている大好きなあの声で、自身の名前が呼ばれるのをただただ待つしかない。


「……ッ!」


 強く目を瞑り過ぎて、ぎりぎりと痛んでくる目元。上がる心拍数と並行して、目尻のしわが深くなっていく。


「…………」


 しかし、待てど待てど彼の声が空気を振動させる事は無い。声を掛けられ無さ過ぎて、逆にちょっと求めちゃうレベル。


 足音は、確かに栞の前で止まったはず。なら、どうして声を掛けてこないのか。本屋で力強く目を瞑るという奇行に、恐怖心を抱いているのだろうか。


 あまりにも反応を示さない凛音に、さすがの彼女もそろそろ痺れを切らしてきた模様。というか、このままじゃ眼球周りの筋肉がってしまう。


 恐る恐る、固く閉じていたまぶたを開いてみる栞。


 霞む視界が、徐々に目の前の光景をはっきりと映して、彼女は腑抜けた声を漏らした。


「…………あれ?」


 目の前にいたのは、男性は男性でも中年の、いかにも読書が好きそうな男性で、丁度前方にある哲学書籍の棚を物色していた。姿形どこを取っても、凛音とは完全なる別人である。


 とりあえず、彼との直接的な接触は避けられた事に安堵の溜息を吐き、栞は心の中で神様とハイタッチする。


 しかし、だとすると、絶対的に自分の姿を視認した彼は一体どこなのか──


「み……南君は……?」

 

 栞は、棚の影からそーっと顔を半分程出して、凛音がいるであろう位置を覗き込む。


 そこには、予想通り彼がいる訳だが、もうこちらの事など微塵も気にしている様子は無い──無いのだが、その代わりに何だか少し様子がおかしい。上手く表現が出来ないが、何と言うか今の彼の表情は、


「……苦しそう」


 横顔しか確認出来ないし、赤の他人から見ればいつも通りの彼の笑顔だろう。何度も、自分に向けてくれている優しい笑顔だ。


 だが、栞の中にある第六感は、今の彼の笑顔を笑顔と認めないのだ。


 今だけじゃ無い。本当に時々だが、日常でも見せるその表情。口端を上げているだけの、虚ろな顔。


 栞はその度に、聞こうとした。だが聞けなかった。それに触れたら、嫌われてしまいそうで怖かったから。どうして──


──どうして……そんなに、笑うの?


 声として形になっていないそれで、優しく柔らかく、凛音に疑問を呟く栞。もちろん、その言霊は誰へ届くでも無く、無機質な空気へと消え入った。


 本来なら、凛音の意識が全くこちらに向いていない隙に、さっさと店から出るべきで、目当ての本は他の書店で購入すれば良い話なのだが、あれだけ幸せムードに包まれていた二人が急に険悪になったその理由を、彼女は探らずにはいられない。


──だ、だって仕方無いじゃん!まだ、めっちゃ好きだし……それに、もしかしたら……


 別に、略奪愛をしてやろうなんて、そんな大層な事は考えていない。そんな事が出来る程、彼女自身に男性経験だって無い。それに、盗み聞きは趣味が悪い事もはしたない事も、全部理解している。


 だけど、もし……もし少しでも、望みや可能性があるのならと、どうしてもそんな希望的観測が、脳から出てくれないのだ。


 栞は、一言でも多く彼等の会話を聞き取る為、トム・クルーズ顔負けの死角から死角への移動、足音を忍ばせるスニーキングで、じりじりと距離を詰めていく。


 そして、多少時間は掛かったものの、とうとう薄っすらと二人の会話が聞こえる位置に辿り着いた彼女。


 息を殺して聞き耳を立てる。


 すると、金髪の女の子が発する透き通った美しい声音が、まばらではあるがするりと摩擦抵抗ゼロで、耳の中へと入って来た。


『──凛音が──に大切なお話を──それだけで嬉しい──!だから──に聞きます!』


 そして、そんな彼女に対する、初恋の相手の返答も。


『──じゃあ──買って家に帰ろっか。そこで──聞いてくれると嬉し──』


 それを聞いて、愕然と目を見開いた栞。


 凛とした色素の薄い美しい瞳を微動させながら、締め付けられた喉で息を漏らした。


「……家に……帰ろっか?南君の……家、に……?」


─────────────────


☆での評価よろしくお願いします!!


少しずつ、読んでくださる皆様がコメントを残してくれるようになって、本当に嬉しい限りです!!


本当に本当にありがとうございます!(語彙力)

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