心の奥底を覗く為、どうやら王女には秘策があるようで

 空気にそっと置かれるように、静かに吐き出されたその言葉。


 ルリアは、思いの丈を凛音に伝えようとするが、胸の内にある言葉が上手に喉を通らず、口を開いては閉じてを何度か繰り返して結局黙ってしまう。


 この空間に降り立つ、周囲の雑音なども消え入ったかのような完全なる沈黙。その静寂は、まるで物体として重さを含んでいるかのように、二人の心にずしんとのしかかった。


 しばらく押し黙っていた凛音だが、この無音を破るように、彼は視線を天井の方に投げる。そして、瞳から這い出た水滴が頬を伝って首まで湿らせた頃合いに、込み上げてくる様々な感情を乾いた笑いに乗せながら口を開いた。


「はは……本当にバカだよね。色んな人に迷惑を掛けて……でもそれを、父さんに伝わるまで気付かなかった。いや……気付いてたのかもしれないけど、認められなかった」


 そのまま、彼は上に向けていた視線をルリアの瞳へと移して、


「その日その時……自分の唯一持っていた個性が、実は個性じゃ無かった──紛れも無く、自分には何も無かった事が分かってさ。そしたら急に、自分の存在が恥ずかしくなってきて……妹弟きょうだいと、何より父親と比較される苦しさから逃げるように、家から通学出来ない大学を選んで独り暮らししたんだ」

「そう……だった、のですね」

「……うん。これが俺の人生の軌跡……かな。全然上手く話せた自信無いけど、伝わった?」


 段々と治まって来た涙が残した、目尻の水滴を拭き取って、微笑を浮かべながらそう尋ねる凛音。


 ルリアは、ぎこちなく首を縦に振りながら、


「……はい。痛い程……伝わりました。それと……申し訳ありませんでした。辛い記憶を……わざわざ思い出させてしまって……」


 そう言って、座っていたソファーから一度立ち上がり、深々と頭を下げる。


「いや、良いんだ。むしろ……話した事で、俺も救われたから」

「救われたの……ですか?」

「うん。だって──」


 その後の言葉を口に出す前に、スッと短く息を吸い込んで、それをゆっくりと吐き出した凛音。


 そして、唇を結び付け頬を強張らせてから、ルリアの瞳をしっかりと捉えてそのまま口を開く。


「──だって、そのお陰できっぱりと諦められそうだから。ずっと、ズルズル引きってたこの気持ちと、やっと決別できそうだからさ」


 それを聞いたルリアの肩が、ピクッと跳ね上がった。


「……その為に、お話して下さったのですか?」

「それが全部じゃ無いけど、割合は大きいかな」

「そう……なのですね」

「うん……でも、本当に話せて良かったよ。今すっごい清々しい気持ちだし、重たかった肩の荷が降りた気がする」

「…………」

「正直きつかったんだよね。叶うはずの無い夢を諦め切れなかったり、来ない未来を望み続けるのはさ」

「…………」

「でも今は、新しい自分を探してみようってそう思える。無駄に固執してた夢を捨てて、次なる未来への一歩を歩み出そうって思えるんだ」


 黙って話を聞いているルリアを傍らに、回る口に身を任せてつらつらと言葉を並べる凛音。その様子は、まるで自分自身に言い聞かせて暗示をかけているさまそのものである。


「だから、ありがとうね。こんなつまらない話を真剣に聞いてくれて。後……嬉しかった。俺のやってきた事を人生の軌跡って言ってくれて。それを否定しないでって言ってくれて……本当に嬉しかった」

「い、いえ……わたくし、お礼を言って頂けるような事は何も……」

「それでも、俺にとってはあの言葉に凄く救われたからさ。……よしっ!辛気臭い話はこれで終わりっ!!せっかくだし、今日は出前でも頼もうかな!」


 先程までとは一転、凛音は表情を明るくさせてパチッと一度手を叩くと、そう言いながらソファーから立ち上がる。そのまま、テーブルの上に置いてある紙の束を回収すると、携帯を取り出し出前用のアプリをタップして、


「ルリアは何食べたい?……って言っても、この世界の料理について全然知らないもんね。う~ん……昼はパスタ屋さんに連れて行ったから、どうせなら米料理が良いよなぁ……カレーとか?」

「あ、あの……凛音さん……」

「ん?あ、でも辛いの苦手だったりする?それなら牛丼とかもオススメ──」

「──凛音さん!」


 凛音の話を遮って、少しだけ声を張って彼の名前を呼んだルリア。


 そして、変わらず立ち続けている彼女は、着ているメイド服のスカートを強く握りしめながら、


「本当に……その夢を諦めるのですか?」

「……え?」

「言い方を……変えます。本当にその夢を……諦められるのですか?」

「いや、だから──」

「──もしッ!」


 ルリアは、何かを言いた気に吐かれた凛音の言葉にもう一度被せて、はっきりと透き通った声を真正面から彼に言い放つ。そんな彼女の身体は小刻みに震えていて、相当勇気を振り絞った上の行動だという事は、火を見るよりも明らかだ。


「もし貴方が……本当に納得して新たな道を模索しようとして私に話をしてくれたのなら、それも一つの選択だと思いますし、もちろん心から応援させて頂きます。でも、貴方は……今の凛音さんは……」


 か細い声音だが、それでも決然とその先の言葉を綴った。


「そうじゃない。少なくとも私は、そう感じませんでした。私には……その諦めようとしている気持ちを否定して欲しいと、そう望んでいるように……感じました」

「……ッ!そ、そんな事は……!」

「だからこそ……大変勝手なのは重々承知ですが、今から私は凛音さんの本心とお話させて頂こうと思います。その為に……」


 わざわざ立ち上がったのも束の間、再びソファーへと腰を下ろしたルリア。


 そして、数回程自身の膝元のスカートを正すと、両手でそこをぽんぽんっと軽く叩いて、


「ここ……頭をのせて寝転がってください」

「どういう事……?」

「昨夜……拾って頂いた時お伝えしましたよね。私が幼少期の頃、落ち着きが無い時にお母様が良く頭を撫でてくれたと。その時……良くこれも一緒にしてくれたんです」


 凛音は、そう口にしたルリアと彼女が示している膝元で、交互に視線を移しながら、


「それって……もしかして……」


 彼が続けようとした言葉を予見しているかのように、ルリアはコクリと頷いて口を開く。


「はい。膝枕……です」


──────────────────


膝枕好きぃぃぃぃぃぃ!!!!

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