終末少女たちの監視係になった鑑定士なんですが、もう帰ってもいいですか?

訳者ヒロト

一章

第1話 出会い

 その日、僕は未覚醒魔神少女に遭遇した。


 五月五日、月曜日。

 陽が傾き始めた夕刻。この時期にしては驚くほど寒い日のこと。


 『鑑定士』である僕――エディ・エスティメイトは、生徒の能力測定という依頼を受け、帝国魔術学院の教室にいた。


 鑑定士は『鑑定魔術』を操る。鑑定魔術とは、この世の物すべての情報を保管している人の知恵の保管庫アカシックレコードに接続する技能である。


 怪しげな魔術の品、ダンジョンからの掘り出し物――そういうものを鑑定するのが主な仕事だが、"人"を鑑定するという今回のような依頼も少なくない。


 壁際に机を構える僕の前に、制服を着た少年少女が列を作っている。


 僕は生徒と同世代なので、由緒正しい学び舎で青春を謳歌する彼らが眩しく見える。


 学校や塾のような施設に通ったことはない。


 探索者である両親に同行し、荒野やダンジョンを渡り歩いて寝泊まりする――そんなふうに育ってきた。


 そして十六歳になったのを機に、両親のパーティーから離れて独り立ちしたというわけだ。


 学校、制服、放課後、クラブ活動。そんな単語に惹かれないといえば嘘になるが、今さら学生になるわけにもいかない。今は鑑定士として名を売っている最中。仕事をバリバリ頑張らねば。


 決意を新たにしつつ、生徒たちを次々鑑定していた時のこと。


 その少女は最後の一人だった。他の生徒は先に教室から出ていってしまい、彼女を待つものはいないようだ。


 綺麗な桃色のショートヘア。

 凛とした眼差し。


 少女は静かに名乗った。


 アルマ・スノウフィア。

 二年Fクラス。


 清らかな声だった。すっと伸びた背筋を十五度傾けて、僕の前に腰を下ろす。

 

 僕は挨拶を返し、彼女の成績表に目を落とした。


 彼女は、落ちこぼれだ。


 実技がてんでダメらしい。

 全科目できれいに最低評価が並んでいる。


 魔力の質が特異で、そのせいか魔力制御が苦手なようだ。毎日のように魔術を暴発させているとのこと。


 しかし座学の成績はすこぶる良い。

 前回の試験では学年トップ。

 授業態度も高評価となっている。


 こういう魔術学院では座学より実技を遥かに重んじる。だから最下位であるFクラス所属だ。


 交友関係は非常に狭いらしい。

 魔術師の社会は厳しい実力主義だ。

 つまりそういうことなのだろう。


 退学勧告を何度も出されている。『早めに魔術の道を諦めさせるべき』と去年の担任教師のコメントが残されていた。


 しかし今ここに座っているアルマ・スノウフィアから、引け目や弱気さなど、いわゆる落ちこぼれらしさというものは一切感じられない。


 膝の上に両手を揃えて座り、じっと机上を見つめている。その佇まいにはある種の風格さえあった。


 まあ、順位をつけていけば一番下というものは必ず生まれる。この場所においてはアルマ・スノウフィアがそれだったというだけの話だ。


 蔑むのも同情するのも違う。

 そもそも何を思うべきでもない。

 順位が下の人間は可哀想で、上の人間は可哀想でない――なんてことはないのだから。 


「では始めます。危険なので触れないように」


 僕は机の上の、かすかに発光する水晶――『鑑定の水晶』に触れ、魔力を流し込む。


 この手順を踏むことで鑑定魔術が発動し、鑑定士の精神はアカシックレコードに接続される。そして水晶に映り込んでいるものの情報を得るのだ。


鑑定ダイブ




 深く暗い海。

 全身にまとわりつくような重い水。


 ここがアカシックレコードだ。


 ぼんやりと輝く白い糸くずが漂っている。それに触れると、とめどない知識の濁流が脳へなだれ込んでくる。


 それはこの少女についてのあらゆる情報――身長、体重、髪の毛の本数――だが、今回必要なのは魔術師としての性能だけ。


 不必要なものを無視し、求める情報だけを集めていく。


 アルマ・スノウフィア。

 十六歳。

 ヒューマン。

 魔術師見習い。

 ハイネルン魔術学院所属。

 健康。

 魔力型、分類外。

 魔力量、非常に多い。

 魔力特性、混濁。

 適性属性、火、氷。

 適性系統、封印。

 魔力出力、高。

 魔力安定性、非常に低い。

 魔力回復速度、普通。

 永界封印術、継続中。

 封印対象、冬の魔神。


鑑定ダイブ終了エンド




 意識が現実へと帰ってくる。

 たった今得たばかりの情報を思い返す。


 永界封印術?

 封印対象、冬の魔神――?


 一拍置いて理解が追いつく。いや、本当の意味で理解したとはいえないが、並ぶ単語の意味はなんとなく分かる。


 つまり。

 この少女は魔神を封じられているのだ。

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