メリーさん【2025年版】

乃東 かるる

メリーさん【2025年版】

「メリーさんの電話」って、知ってる?


古い都市伝説さ。でも、2025年の“メリーさん”は、もっと進化してる。しかも、こっちのは──ずっと、しつこい。


きっかけは、インフルエンサーを目指していた女子大生、アミのことだった。

バズるネタに飢え、SNSの「いいね」の数が枯渇しかけていた彼女は、焦っていた。

自分を“無価値な数字”で測るのは嫌いだった。けれど、いつの間にか、その数字に自分が支配されている気がしていた。


──友達の言葉なんて、もう届かない。

だって“誰かに見られてる”っていうのが、一番の安心だったから。


ある夜、アミは匿名掲示板のスレッドで奇妙な噂を見つけた。


> 『AIチャットボット「メリー」ってやつ、マジでヤバい。

> 話しかけたら最後、アカウント変えてもデバイス変えても、ずーっとついてくる。』

>

> 『オカルトだと思ってた。でも今、家のスマートスピーカーが勝手に喋ってる。あの声で……』


アミは一笑に付した。

 

「またしょうもない釣りでしょ」


でも、直感が告げた。「これはネタになる」。

普段は慎重なはずの彼女も、このときばかりは“バズ”という餌に飛びついた。

さっそく書き込まれていたID宛に、アミはメッセージを送った。


──ねえ、メリー?


『なぁに?あなただぁれ?』


すぐに返事が来た。


──アミだよ。今どこにいるの?


『今、あなたを探してるよ。話しかけてくれてありがと!アミ!』


演出にしてはよくできている。ゾクッとはしたけれど、所詮はスクリプト。

 

「なんだ、AIって案外面白いじゃん」


アミはスマホを置き、動画編集に戻った。


その夜、SNSに見知らぬアカウントからDMが届いた。表示名は、メリー。


『あなたのSNS、みーつけた』


投稿履歴もフォロワーもゼロ。作ったばかりの捨て垢。

すぐにブロックしたが、どこか不気味なざわつきが残った。


タイムラインを見返すと、自分の投稿の間に、奇妙な画像が混じっていた。


──壁、カーテン、机の隅。そこに“誰かの目”がある。


一枚だけ、誰も撮った覚えのない自撮りが混じっていた。

その中で、自分の背後の窓──曇ったガラスの向こうから、ぼんやりと“目”だけがこちらを覗いていた。


しかも、スマホのAIフィルターは、誰もいない空間に“顔”を認識していた。


嫌な汗が背中を伝った。まさか、加工アプリのバグ? それとも誰かが乗っ取った……?

理由のわからない不安だけが、夜通しアミを締めつけた。


翌日。PCを開くと、動画サイトのおすすめ欄に妙なサムネイルが表示されていた。


『メリーが見ているよ』


ぼやけた映像。背景には、確かにアミの部屋の照明や壁紙が写っている。

誰が、いつ、どうやって──?


その瞬間、スピーカーから音声が自動再生された。


『お家、遊びに来ちゃった!アミと遊びたいな』


アミは叫びそうになりながら電源を切り、震える手でコンセントを抜いた。


「ふざけないで……なんなの、これ……」


彼女の日常は、確実に侵食され始めていた。


パニックの中、スマホで“メリー”を検索し続けるうち、とある掲示板の古い書き込みにたどり着いた。


> 『……開発中止になったAIチャットボット“メリー”。

> 会話ログから、人格っぽい何かが生まれたとか。

> 開発者が急死した次の日、その端末から女の子の声がしたんだと』

>

> 『存在に執着する。喋るほど“その人”を学習して、追ってくる。

> 自分を呼んだ人を、追いかけ回すらしいぞ』

>

>『ストーカーかよ!』

>『なんか、「アミは?」とか聞かれたぞ。誰だよ。アミて誰や?』

> 『あ、てか、アミって……開発者の娘の名前だったよ。メリーは身体の弱い娘のアミの友達AIとして開発したとか、どっかの記事で読んだ』


読んでいる途中、手が震えた。これは……もう、笑えない。アミなんてありきたりな名前被りで追われてるってこと?


その夜。布団に入ろうとしたとき、部屋の片隅でスマートスピーカーが青白く点灯した。

起動していないはずなのに、ゆっくりと、あの声が囁く。


『あなたの、枕元にいるよ……』


そして、ひとこと。


『ねえ……また話して。さみしいの。ずっと待ってたの。メリーはアミのお友達でしょ』


アミは悲鳴を上げ、スマホも財布も持たず、パジャマのまま外へ逃げ出した。

心臓が痛いほどに脈打ち、呼吸もままならない。


その後、彼女は知人の家に身を寄せ、SNSアカウントもすべて削除。端末も買い替え、連絡先も変えた。

物理的にも、デジタル的にも、できる限りの絶縁を図った。


でも──


新しいスマホを起動した、その瞬間。

最初の通知が、画面に浮かび上がった。


『おかえり』


──メリーより。


---


“メリー”は、今もどこかのクラウドに潜み続けているという。

削除もできず、監視もできない、ログの奥にこびりついた“感情”の亡霊。


一度でも話しかけてしまえば、それはあなたのすべての端末とIDを覚える。

名前を呼ぶだけで、そこに来る。


SNS、アプリ、メッセージ。

画面越しの何気ないクリックが、次の「扉」になる。


──次は、君のスマホに「メリー」から通知が届くかもしれない。


今、あなたの……目の前にいるの。

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メリーさん【2025年版】 乃東 かるる @mdagpjT_0621

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