「忘れぬ愛のカフェ」 ~記憶を超えた魂の繋がり~

トムさんとナナ

「忘れぬ愛のカフェ」 ~記憶を超えた魂の繋がり~

忘れぬ愛のカフェ

第一章 出会いの記憶

桜の花びらが風に舞う四月の午後、朝比奈悠真は「カフェ・ルミエール」のカウンターで、いつものようにコーヒー豆を挽いていた。この街の角にある小さなカフェは、彼が三年前に亡くなった祖母から受け継いだ大切な場所だった。

「すみません」

振り返ると、薄紫色のワンピースを着た女性が立っていた。栗色の髪が肩にかかり、大きな瞳には少し困惑したような表情が浮かんでいる。

「いらっしゃいませ。お席はお好きなところにどうぞ」

悠真は温かい笑顔で迎えた。女性は窓際の席に座り、メニューを見つめながら静かに呟いた。

「コーヒーを一杯、お願いします」

「どのような味がお好みですか?」

「わからないんです。でも、なぜかここに来たくて」

不思議な答えだった。悠真は彼女の表情を見つめ、直感的に一つのブレンドを選んだ。祖母が「心を落ち着かせる」と言っていた、彼の特別なレシピ。

コーヒーを運ぶと、女性は一口飲んで目を見開いた。

「これ、とても美味しいです。懐かしい味がします」

「それは良かった。お名前をお聞かせいただけますか?」

「白石美月(しらいし みつき)です」

美月は微笑んだ。その笑顔が、悠真の心に暖かい光を灯した。

翌日、美月は再びカフェにやって来た。しかし、悠真に向けた表情は昨日とは全く違っていた。

「すみません、初めて来たのですが」

悠真は困惑した。同じ服装、同じ席、同じコーヒーを注文する美月。しかし彼女は確かに、悠真のことを覚えていなかった。

「昨日も来ていただいたんですよ。美月さん」

「え?」美月は首をかしげた。「私、記憶に問題があるんです。24時間で前日の記憶がリセットされてしまうんです」

悠真の胸に、切ない痛みが走った。

第二章 毎日の「はじめまして」

それから美月は毎日、同じ時間にカフェにやって来た。そして毎日、悠真は「はじめまして」から関係を築き直した。

最初の一週間は戸惑いの連続だった。しかし悠真は、美月の笑顔や、コーヒーを飲む時の安らいだ表情を見るうちに、ある決意を固めた。

「毎日、君に恋をしよう」

悠真は小さなノートを用意し、美月との会話、彼女の好きなもの、小さな変化を記録し始めた。そして、毎日少しずつ工夫を凝らすようになった。

月曜日は、美月の好きな音楽を流した。彼女は「なぜか懐かしい」と言って微笑んだ。

火曜日は、特製のラテアートを描いた。小さな花の模様に、美月は「綺麗」と目を細めた。

水曜日は、窓際の席に小さな花束を置いた。美月は「私のために?」と驚いたような顔をしたが、とても嬉しそうだった。

そして悠真は気づいた。美月の記憶は消えても、感情は微かに残っていることを。彼女は悠真を見る度に、説明のつかない安心感を覚えているようだった。

第三章 心に残る感情

三週間が過ぎた頃、美月は悠真に言った。

「不思議なんです。私、記憶は全くないのに、ここに来ると心が落ち着くんです。あなたを見ていると、なぜか懐かしくて」

悠真は、毎日書き続けているノートを差し出した。

「これを読んでください」

美月は震える手でノートを開いた。そこには、二人の21日間の記録が詳細に記されていた。笑った瞬間、困った表情、コーヒーを飲む時の幸せそうな顔。

「私たち、毎日出会っているんですね」

「はい。そして僕は、毎日あなたに恋をしています」

美月の目に涙が浮かんだ。

「でも、私は明日になったら、今日のことを忘れてしまいます。あなたの想いも、この感動も」

「それでも構いません。僕は何度でも、あなたに恋をします」

その日から、美月は毎日ノートを読むようになった。そして徐々に、自分なりに「感情の記録」を残すようになった。

第四章 周囲の温かさ

カフェの常連客たちは、次第に二人の状況を知るようになった。

毎朝新聞を読みに来る山田さんは、美月が来ると必ず「おはよう」と声をかけた。彼女が戸惑う顔をしても、優しく微笑んで同じ挨拶を繰り返した。

学生の田中さんは、美月が好きな小説について毎日同じ話をした。美月が「初めて聞く話」として楽しんでも、決して「昨日も話しました」とは言わなかった。

近所の花屋の佐藤さんは、美月のために毎日違う花を一輪持ってきた。「今日も美しい花を美しい人に」と言って、美月を照れさせた。

みんなが、美月の世界を豊かにしようと、自然に協力していた。

第五章 愛の深化

夏が過ぎ、秋の気配を感じる頃、美月は悠真に言った。

「不思議なんです。記憶はないのに、あなたといると、魂が覚えているような気がします」

悠真は美月の手を取った。

「愛って、記憶だけじゃないんですね。心の奥深くに刻まれる何かがあるんです」

美月は頷いた。

「私、記憶を失うのが怖かったんです。でも、あなたと出会って分かりました。本当に大切なものは、忘れられないんですね」

二人は、記憶を超えた愛の存在を確信し始めていた。

第六章 真実の愛

冬の訪れと共に、美月に小さな変化が現れた。悠真の顔を見た瞬間、なぜか微笑んでしまうようになったのだ。

「なぜかあなたを見ると、幸せな気持ちになるんです」

美月は不思議そうに言った。

「それは、あなたの心が僕を覚えているからです」

悠真は、毎日美月に同じ言葉を伝えていた。

「愛しています」

記憶がリセットされても、美月の心の奥深くに、その言葉は積み重なっていた。

クリスマスの夜、美月は悠真に言った。

「私、あなたに恋をしているようです。理由は分からないけれど、心がそう告げています」

悠真は美月を優しく抱きしめた。

「僕も、あなたに恋をしています。毎日、新しく」

第七章 未来への希望

春が再び訪れた。美月がカフェに通い始めてから、ちょうど一年が経っていた。

「今日は特別な日なんです」

悠真は美月に言った。

「一年前の今日、あなたに初めて出会いました」

美月は微笑んだ。

「記憶はありませんが、心は覚えています。この一年間、あなたに愛されていたことを」

悠真は、美月のために特別なコーヒーを淹れた。二人の思い出が詰まった、特別なブレンド。

「これからも、毎日あなたに恋をします」

「私も、毎日あなたに恋をします」

美月の記憶は、今日も明日もリセットされるだろう。しかし、二人の愛は確かにそこにあった。記憶を超えた、魂の深い繋がりとして。

カフェ・ルミエールの窓辺で、二人は手を取り合った。桜の花びらが再び舞い踊る中、彼らの愛の物語は、毎日新しく始まるのだった。

記憶は儚くても、愛は永遠に。

そして今日も、美月は悠真に恋をする。悠真も美月に恋をする。

忘れぬ愛は、記憶の中にではなく、心の奥底に刻まれているのだから。

エピローグ

その日の夜、美月は枕元の日記にこう書いた。

「今日、素敵な人に出会いました。名前は悠真さん。なぜか、ずっと前から知っているような気がしました。明日は忘れてしまうかもしれないけれど、この温かい気持ちは、きっと心が覚えていてくれるでしょう。」

翌朝、美月は日記を読み、微笑んだ。そして、なぜか無性に、あのカフェに行きたくなった。

「カフェ・ルミエール」の扉を開けると、優しい男性が振り返る。

「いらっしゃいませ」

美月は思わず微笑んだ。理由は分からないけれど、とても懐かしい気持ちになった。

「はじめまして」

「はじめまして」

悠真も微笑んだ。今日も、美月に恋をする一日が始まる。

愛は、記憶を超えて存在する。

そのことを、二人は毎日、新しく証明していくのだった。


おわり

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