こども魔女のまほう帖

sui

第1話水たまりの国と幼い魔女

雨が降った次の朝、森のはずれにある小さな村の道ばたに、水たまりが一つだけ、ぽつんと残っていた。


ほかの水たまりは太陽にのまれて消えていったのに、それだけはなぜか、光を吸い込んで、まだきらきらと揺れていた。


その水面を、ひょいと覗きこんだのが――ティナ、七歳の魔女だった。

くせっ毛の三つ編み、少し大きすぎる帽子、魔法書のかわりに絵本を持ち歩く、半人前の魔女。


ティナがしゃがみこんで「こんにちは」と言うと、水たまりがぽちゃん、と跳ねた。

するとその中から、小さな声がした。


「…ここ、たすけて」


ティナはすぐにわかった。この水たまりは、どこかの世界とつながっている扉なのだ。


彼女はおまじないのことばを口にした。

「いちばんうすい空のいろ、こぼれた夢のかけら、おいで」

すると水たまりがふわりと揺れ、ティナの足元がすーっと透けていった。


気づけば彼女は、水の国に立っていた。そこは空も地面もすべてが薄い青で、光はすりガラスのようにやわらかかった。


水の中に閉じ込められた声、忘れられた涙、小さな生きものたち――

ティナは絵本から魔法をひとつ取り出して、そっと読みあげる。


「やさしいことばは、ほどける鍵」

言葉が泡になって、水に溶けていく。すると、世界が少しずつゆるみ、閉じられていたものたちが息をしはじめた。


やがて水たまりの国は静かに扉を閉じ、ティナはまた、森のはずれに戻ってきた。


ポケットには、小さな貝殻がひとつ。

そこには、救われた声がそっと眠っていた。

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