第11話 一条慧からの慰め
大晦日の水瀬家は、祭祀の準備で息つく暇もないほど慌ただしかった。親戚たちの往来が絶えず、琴音の心はさらにすり減っていく。悠真を拒絶し、そして親戚たちに彼が排除されてから、琴音は心の奥底に重い痛みを抱えていた。その痛みは、全身を支配する倦怠感と、食欲不振となって琴音の身体を蝕んでいた。
祭祀の準備が一段落した頃、琴音は自室の窓辺に佇んでいた。雪は降り止み、静かに積もり始めている。その白い絨毯は、琴音の心を覆う絶望の色と重なって見えた。
「琴音さん」
背後から、低く、しかし穏やかな声が聞こえた。琴音は振り返った。そこに立っていたのは、一条慧だった。彼は、いつものように黒いスーツをきちんと着こなし、その整った顔には、一切の乱れがない。彼が人目を避けるように、琴音の部屋の近くまで来たことに、琴音はわずかな驚きを覚えた。
慧は、琴音の顔色をじっと見つめた。その瞳には、琴音を気遣うような色が宿っている。
「顔色が優れませんね。緊張していますか?」
彼の言葉は、琴音を労わるものだった。しかし、琴音にとっては、それが自分の運命を確定させるさらなる重圧となる。慧の優しさが、琴音の心を締め付ける。琴音は、ただ曖昧に頷くことしかできなかった。言葉を紡ぐ気力も、彼に何かを訴える勇気もなかった。
慧は、琴音の返答に小さく頷くと、静かに話し始めた。
「私も、この日のために尽力してきました。あなたも、色々と大変だったことでしょう」
彼の声は穏やかで、琴音の気持ちを理解しようとしているように聞こえた。しかし、その言葉は、まるで琴音の努力や苦悩を全て知っているかのように響き、琴音はかえって居心地の悪さを感じた。
「きっと、あなたにとっても、そして村にとっても良い一日になるでしょう」
慧の言葉は、まるで琴音の未来を祝福しているかのように聞こえた。彼の誠実な態度と、彼の言葉の裏にある「期待」が、琴音の心にのしかかる。彼に悪意はない。しかし、彼の言う「良い一日」が、琴音自身の心の願いとは全く異なるものなのだと、琴音は痛感する。
慧の完璧な優しさが、かえって琴音の心を締め付ける。彼は、自分をこの運命に導く存在であり、その運命は、琴音自身の心を殺すものなのだ。琴音は、ただ彼の言葉を受け入れるしかなかった。窓の外の雪は、音もなく降り積もり続けていた。琴音は、抗うことのできない現実の中で、ますます孤独を深めていくのを感じた。
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