第4話 悠真の夢と琴音の憂鬱
一条慧との再会で、心の奥底に重い石を抱えたような気持ちになりながらも、琴音の日常は続く。学校生活は、大晦日が近づくにつれて、どこか浮足立ったような、それでいて物悲しい雰囲気を帯びていた。卒業が間近に迫り、友人たちはそれぞれの進路や未来を語り始める。
放課後、悠真と二人きりになった帰り道。雪がちらつき始めた空の下、悠真の吐息が白く染まっては消えていく。
「なあ、琴音」
悠真が、いつもより少し真剣な声で琴音に語りかけた。琴音は足を止め、彼の方を向く。彼の瞳は、夕焼けに照らされて輝いていた。
「俺、卒業したら、この村を出て、都会の大学に行こうと思ってるんだ」
悠真の言葉に、琴音の心臓が小さく跳ねた。それは、琴音も漠然と考えていたことだった。村を出て、もっと広い世界を見てみたいという、純粋な憧れ。
「それで、卒業したら、すぐに村を出るつもりだ。大学で勉強して、いつか……いつか、この村にも新しい風を吹かせられるような、そんな仕事がしたい」
悠真は、目を輝かせながら夢を語った。彼の言葉には、希望と、未来への強い意志が満ち溢れている。琴音は、彼の夢を応援したいと心から思った。悠真ならきっと、どんな困難も乗り越えて、その夢を叶えられるだろう。
「……うん、悠真くんらしいね。きっと、悠真くんならできるよ」
琴音は、精一杯の笑顔を作って答えた。しかし、その笑顔の裏では、激しい痛みが胸を締め付けていた。悠真の夢には、琴音の姿も含まれているのだと、琴音は知っている。彼が「新しい風」を吹かせるその未来には、琴音が隣にいるのだと、無言のうちに伝えてくれている。
「それで、琴音も……。俺と一緒に、この村を出てさ……」
悠真の言葉が、そこで途切れた。琴音は、それ以上言葉を続けられない。自分の置かれた状況を、彼に話すことなどできなかった。両親から課せられた使命、大晦日の夜に待ち受ける祭祀、そして、一条慧との縁組。それらは、悠真の描く輝かしい未来とは、あまりにもかけ離れた、暗く重い現実だった。
琴音は、ただ曖昧に微笑むことしかできなかった。言葉に詰まり、視線を足元の雪へと落とす。悠真は、そんな琴音の様子に、何かを察したのか、それ以上は何も言わなかった。ただ、琴音の顔をじっと見つめ、その瞳に深い心配の色を宿しているのが分かった。
悠真と別れ、一人自室に戻った琴音は、窓の外の月を眺めながら、深くため息をついた。ひゅう、と冬の風が窓の隙間から吹き込み、琴音の身体を冷やす。手のひらを広げ、そこに映る月光が、自分自身の不確かで儚い未来を象徴しているように感じられた。
悠真の描く未来には、希望がある。光がある。しかし、琴音の目の前にあるのは、村の因習という、分厚く閉ざされた檻だった。その檻の中で、自分はこれから、どう生きていけばいいのだろうか。純粋な初恋と、抗えない現実。その狭間で、琴音の胸の奥には、説明のつかない憂鬱と、どうすることもできない不安が、深く、深く広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます