偽勇者よ世界を乱せ~

小鳥遊

第1話 偽勇者と聖教国の聖女

 300年前、魔王が世界を支配するために進軍を開始した。

 魔族とは世界の敵であり、魔物と同類とみなされていた。

 人類は結託し、魔王と戦うも圧倒的な力で蹂躙されていった。

 そんな時、人類の希望、勇者が現れた。

 勇者と勇者を支える聖女と共に魔王に立ち向かい。

 そして、無事に勝利を収め、世界に平和を取り戻したのだった。


 なーんて、物語が何千年と何回も綴られている。

 これで、99回目。

 魔王はいまだに滅びず、復活を遂げては世界を支配しようとする。

 そのたびに勇者と聖女が選定され、世界の平和を取り戻すために葛藤する。

 

「同じような物語が綴られても花がない!つまらない!しかし、これもすべては運命であり、神の意志!誰も、逆らうことはできない」


 バタっと古びた本を閉じ、天井を見上げた。


「が、しかしっ!!何千年と続くこの物語……ついに、予期せぬ者が現れた!さぁ、選ばれし偽勇者よ!世界を乱せ!」


 歌うように踊りながら言葉を吐く。

 その姿が身振りは紳士な貴族のよう。


「私は期待する!!勇者に焦がれ!偽勇者となった君が!!」


 足を小さく刻み歩きながら、水晶玉に映る一人の青年に目を向けた。


「新たな物語の一ページを綴ることを……」


□■□


 馬車に揺られる旅。

 花があればもっと楽しい旅になる。

 そんな気がする。


「…………」


「ユウ、今、失礼なことを考えましたね」


「……いや、そんなことはない」


「いえ、今の目線、明らかに失礼なことを考えてた。正直に答えないと、神の天罰が下りますよ」


 え、笑顔こわ。


 真っ直ぐ見つめてくるエメラルドグリーンに輝く瞳。

 艶やかな銀髪は肩まで伸びている。

 体も細からず太からず、胸は少し控えめだが、美しい容姿から一切気にならない。世の中でいう絶世の美女。


 それがティアナ・クリフォード。

 クリフォード聖教国の教皇であり、聖女。

 そして今は同じ目的で旅をする仲間だ。

 

「神の天罰って、今まで下ったことないだろ」


「下ります、私が強く念じれば。何せ、私は聖女であり教皇なので。だから、早く思ったことを言いなさい」


「え……」


「コホンっ!ユウよ、クリフォード聖教国の教皇ティアナ・クリフォードの言うことが聞けないのですが?」


 なぜに、教皇モードなんだろう。

 それに声を大にして言っていいのかよ。

 あと、すごくティアナが眩しい。

 

 少しの沈黙の後、ティアナは心配そうに口を開いた。


「ユウ、忘れてはいませんよね。私たちの目的を」


「そりゃあもちろん、だから今こうして向かってるんだろ?……魔王のところにさ」


「そうです。私たちの目的は勇者が魔王と戦えるその日まで時間を稼ぐこと。そのためにも、魔王の進軍を抑え込まなくてはいけません」


 魔王の進軍。これは魔族軍の進軍を意味しているのではなく、文字通り、魔王自ら前線に出ていることを意味している。


 今の勇者は未熟で、魔王と戦えるほどの実力を持ち合わせていない。

 でも、魔王はすでに進軍していて、予想だと僅か半年でこの世界は蹂躙されるらしい。

 だから時間を稼ぐ必要があった。

 そこで選ばれたのが、ユウ・アーティカ。

 偽勇者という肩書をティアナから頂いたこの俺だ。


「宮廷詩人ボルノーが言っていました。魔王が前線に出た事例はなく、明らかな異常事態だと」


「あの胡散臭い歌を歌うおっさんね」


「ちょっとユウ、失礼ですよ……まぁ胡散臭いのは認めますけど」


 小声でも聞こえているのですが。

 まぁ、掘り下げることでもないか。


「はいはい」


「雑に扱わないでくれます。一応、教皇なんですけど」


 だから、そんな堂々と教皇名乗っていいのかよ。


「……?」


「どうかしましたか?」


 馬車に揺られながら、外をちらっと見ると、少し遠くから砂煙が上がっているのが見えた。

 それは徐々にこちらに向かってきていた。


「群れですかね?」


「恐らくな」


 このままだと群れにぶつかりそうだな。

 ちらっとティアナを覗き見ると、目が合った。


「はぁ……御者さん、止めてくれ。あっちの方角から魔物の群れが来る」


「え?……えぇぇ!?ほんとだ!!す、すぐに別ルートに」


「御者さん、群れは私たちが対処するので落ち着いて、馬車を止めていただけませんか?」


「と、止める?あの魔物の群れを!?」


 こうして会話をしている間にも魔物の群れが迫っている。

 見る限り30弱ほどだろう。


「いや、しかし……」


 そこでティアナが御者さんのほうへと身を乗り出し、耳元でささやいた。


「安心してください、私たちはこう見えても強いので」


「え、は……はい、わかりましたぁ~」


 御者さんの鼻は下に伸びていた。

 わかりやすい人だなと思いつつ、ティアナはニコニコとほほ笑んでいた。


 あれ、絶対わざとだな。


 馬車が止まると、すぐに下りて群れのほうへと目線を向けた。

 魔物の数は30弱で間違いないな。

 俺は背中に携えた、一見するとそこらへんに売っている鉄剣を引き抜いた。


「ティアナ……残った分はまかせた」


「なんとき言われても指図されるのは新鮮ですね」


 何を言っているんだか。

 でもまぁ教皇だからどちらかというと指示する側だし、そういう気持ちになるものなのかもしれない。


「できる限り数は減らす」


 鉄剣に手を添えて風魔法【ウィンド】を無詠唱で発動させ、纏わせる。

 これは魔法剣。文字通り、剣に魔法を乗せて扱う技術。

 国によって魔剣とも呼ばれているらしい。


「魔法剣【鎌鼬かまいたち】」


「初めて会った時も思いましたが、ユウの魔法剣はきれいですね」


「お世辞は結構だ。それよりさっさと魔法の準備しておけ」


「もうできてますよ。私を誰だと思っているんですか」


 ふん、と鼻で笑い、魔物の群れのほうに向く。

 そして、一息する間もなく魔法剣【鎌鼬かまいたち】を群れに向かって切り放った。


 渦を巻く風の刃は一瞬にして群れを通り過ぎ、一半分以上の魔物の頭が切り落とされた。

 だが、全滅とまではいかず。


「これで終わりです」


 ティアナは杖を地面に、コンコンっと軽くたたき。


「スオン・ドレイン」


 そう唱えると、杖から無数の茨が現れ、魔物一匹ずつからめとり、そのまま絶命した。

 その狙いは正確で一匹も逃がさなかった。


「相変わらず正確だな」


「ユウが数を減らしてくれたおかげではありますけどね。私の限界だと20ぐらいが限界ですから」


 20匹の魔物に対して正確に魔法を当てられる人がどれだけいることか。

 それに高度な魔法を単語だけで発動させてるし。

 まったく、逆に教えてほしいな。

 

「す、すごい!魔物の群れが一瞬で、あんたたちもしかして、凄腕の冒険者か?」

 

 御者さんは興奮気味だった。


 少し目立ちすぎたな、と思いつつ何か言い訳をしようと俺が口を開こうとすると。

 食い気味にティアナが間に入ってきた。


「あ、いや」


「はい、実はそうなんですよ!よくわかりましたね!」


「あ、やっぱりか、いや~俺はついてるな」


「かなり良い目をお持ちなんですね。さすが、数々の人たちを馬車に乗せてきた経験は侮れないですね」


「そんなほめるなよ~。さぁ、もたもたしていられねぇな。乗った乗った!最速で目的地、ハバード王国までお届けするぜ!」


 御者さんはノリノリで馬車を動かし始め、旅は再開した。


「凄腕の冒険者って冒険者登録してないのに、出まかせ言ってよかったのかよ」


「う~ん、多分大丈夫です」


「多分って」


「それにどちらにせよ。ハバード王国で冒険者登録は済ませますし、未来的には凄腕の冒険者になっていますから」


 その考え、教皇としてどうかと思うが。

 下手に言うとまた詰められそうだし、やめておこう。


「そうだ。話をそらせましたが、結局のところ何を考えていたんですか?失礼なことでないなら言えますよね?」


 やっぱり、笑顔が怖い。

 それに、ティアナがすごく眩しい。


「……ただ」


「ただ?」


 グッと顔を近づけるティアナに思わず、距離を取った。


「花があればもっと楽しい旅になるな……なんて思っただけだ」


「花?花があっても荷物になるだけだと思うのですが」


「…………そうだな」


 教皇ティアナ・クリフォードさんも鈍いところがあるみたいだ。

 ふぅ、助かった。

 胸をなでおろすユウにティアナは首をかしげた。


 しばらくして。


「お二人とも、そろそろ着きますぜ!」


 俺とティアナは目的地、ハバード王国に到着したのだった。





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