第27話 南国2日目は淡々と

 ――沖縄二日目の朝。

 目覚めた瞬間から、私はそわそわしていた。


「じゃーん! 水着ファッションショー、開幕でーす♡」


 ヴィラのテラスに勢いよく飛び出すと、白洲しらすさんはすでにパラソルの下で書類を整理していた。旅行先でも資料広げてるとか本当にもう……。

 けど今日はそれどころじゃない。


 一着目は、定番の白フリルビキニ!

 次は、元気いっぱいオレンジボーダー!

 さらに、大人っぽい黒のワンピース!


「どれが好きですか?」

「……どれもお似合いですよ」


 しれっと言われて、私は机に突っ伏した。

 ――そうじゃないの! “どれか選んでほしいの!!”


「じゃあ裸になってやる!」

「捕まりますよ」


 はい終了。朝から完敗である。


 * * *


 昼はヴィラの庭でバーベキュー。

 お肉じゅうじゅう、海老ぷりぷり、島野菜しゃきしゃき。太陽の下で食べると三倍美味しい!


「午後は水族館にでも行きますか?」

「えっ!? いま海の目の前にいるんですよ!? 海です! 潜りましょうよ!!」


 白洲しらすさんの提案を全力で却下して、私はスキューバダイビング初挑戦を宣言した。


 * * *


 海の表面を割った瞬間、世界が変わった。


 音が消える。

 風の声も、波の響きも、どこか遠くに追いやられて。

 残ったのは、自分の吐く息が泡になって立ちのぼる規則正しい音だけ。


 光は、きらめきながら降りてくる。

 水に揺られ、柔らかく、幾重にも屈折して。

 指先に触れるたび、それはガラスの粒のように砕けて消えた。


 魚たちがすぐそばを通り抜けていく。

 銀色の群れがきらりと折れ曲がり、黄色と青の模様が渦を描く。

 その流れに包まれると、時間が溶けてしまいそうで――私はただ、ぽかんと見とれていた。


 海は、静かで、深くて、果てしないのに。

 息苦しくも、怖くもなかった。

 水に抱かれて、ただ漂っている。

 それだけで、胸の奥まで透き通っていくようだった。


 ほんの三十分前までは、器材の使い方すらわからなかったのに。インストラクターさんと手をつないで、ゆっくりと水中に入っただけで、こんなにも世界が変わるなんて。

 ……ここだけの話、できればその手、白洲しらすさんと繋ぎたかったけど。ワガママ、かな。


 * * *


 夜。

 プールに、食事に、天体観測まで――遊び尽くして大満足の私は、白洲しらすさんにそっと問いかける。


「今日も……別々に寝ますか?」

「そうですね」


 今日も白洲しらすさんは変わらず淡泊。いや、そこで急に「ぐへへ」とか言われても困るんだけど……。

 おやすみなさいの挨拶を交わし、自分の部屋に戻って――

 ……あれ?冷房、効いてない?


「え、ちょっと待って……」


 私は寝室のドアをまたいで、反復横跳びみたいに出たり入ったりしてみる。


「暑い、涼しい、暑い、涼しい……」


 何この温度差。まさかのサウナ状態。

 そんな私の謎ムーブに気づいた白洲しらすさんが、自室のドアからひょこっと顔を出す。


「……どうしました?」

「エアコンが壊れてます」


 ドアの敷居をまたいで、左右にゆらゆら揺れながら答える私。

 ……え?無駄に揺れてる? いや、胸アピールですけどなにか?

 白洲しらすさんはすぐさまフロントに電話をかけてくれたけれど――


「修理は明日になるそうです」


 そう言って、少し困ったように眉をひそめる白洲しらすさん。

 私は同じように困った顔をしながら、脳内ではガッツポーズ三連発。


「とても……良い笑顔ですね」

「へっ!?」


 ハッ、ヤバい。嬉しさが顔に出てた!


「仕方ないので、今夜は同じ部屋で休むしかないですね!」

「私はソファで構いませんよ」

「だめですっ。このヴィラ、4人用だからツインベッドですよ?広いです!ぜんっぜん問題ないです!」

「ですが……」

「……もしかして、私と同じ部屋がイヤとか……?」


 ここで出す、心愛ここあの必殺・上目遣い。なお、白洲しらすさんには基本効かない。が――


「……分かりました」


 キュンとまではいかないけど、罪悪感で押し切れる程度の効果はあるんだぞっ。

 ……白洲しらすさん、ごめんなさい。でもこれは戦略なの!


 つ、ついに来た……!!

 私は内心で雄叫びをあげながら、エアコンの壊れた自室に戻り、こっそりバッグに忍ばせていた**コンドーム三箱(未開封)**をお腹に仕込む。

 胸の下のぽっかり空いた空間――いつ使うの?今でしょ!!


 いざ、決戦――!


 白洲しらすさんの隣のベッドにコロンと転がる私。

 それを確認して、白洲しらすさんが部屋の明かりを消す。

 ほんのりした月明かりの中、隣のベッドに体を沈める白洲しらすさんの気配。


「……おやすみなさい」


 いつもと変わらない、優しい声。

 私はしばし悩む。間接照明をつけたら、ワンチャンえっちな空気になるんじゃないか?

 それとも、思い切ってこの暗がりの中、隣に潜り込んでみるとか――


 

 ……。


 

 次に気づいたときには、カーテン越しの朝日がまぶしくて、部屋がやたら明るかった。


 ――え?


 ガバッと飛び起きる。白洲しらすさんの姿は、もうない。


「そんな……」


 思ってた以上に、昨日のアクティビティは体力を奪っていたらしい。

 二日目の夜は、私の爆睡で……幕を閉じた。

 失意の中、私はお腹に違和感を覚える。そっとシャツをめくると――

 

 そこには、**無惨に潰れたコンドーム三箱(未開封)**が、ぺったりと貼り付いていた。


「~~~~~~っっ!!!」


 顔から火を噴きながら、私は枕に顔を埋め、再び布団に潜り込んだ。

 

 * * *


 ベッドの軋む音に気づいて、リビングの椅子に腰掛けていた白洲しらすは、そっと目を上げた。

 時計は、朝の六時を少し回ったところ。

 彼女が布団に潜り込む気配だけを確認し、白洲しらすは静かにカップのコーヒーに目を戻す。


 昨夜――

 寝苦しそうに寝返りを打つ心愛ここあに、そっと布団をかけ直したとき。

 彼女のシャツの下に、不自然に膨らんだものがあるのを見つけた。


 ぺたんと潰れたパッケージ。三つ。未開封。


 ほんの少しだけ間を置いて、白洲しらすはごく淡々と、心の中でつぶやいた。


「……若い方は、一晩で三箱使うのが……普通なんでしょうか」


 白洲しらすには、その“普通”がどんなものか、まったく想像がつかなかった。

 そんなことを思いながら、彼は再びコーヒーを口に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る