第18話 ピチピチ☆ボタンを閉めて白洲さん大作戦②
「……閉めてもらえますか?」
静かに本の合間にしおりを挟む。そのしおりは、この前の水族館で買ったイルカさんのやつ。
……最近、気づけば白洲さんの小物がどんどんイルカ化している。
もー可愛い!可愛いんだけど……でも今はそんなことどうでもいい!!
本をテーブルに置いた白洲さんが、ゆっくりと私の方へ歩いてくる。その視線は――胸元に釘付け……じゃない!?
真っ直ぐに私の目を見つめている。
歩きながら、白洲さんは着ている自分のワイシャツの袖ボタンを外し、スッと腕をまくった。
すらりとした印象の彼だけど、近くで見ると実はしっかり鍛えられている前腕。あぁ、これぞ大人の男の余裕……。
え?「枯れオジ」じゃなかったのかって?ちっちっち。年齢だけで判断してはいけないぞ☆
真に素敵な“枯れオジ”とは――ワイルドな男の性を、年相応の紳士的な雰囲気で包みこんだ存在なのだ!
――なんて考えていたら、気づけば目の前に白州。あ、敬称略しちゃった!白洲さん!
「このボタンですか?」
間近で問われ、ふんわりと香る整髪料の匂いにクラクラする。見上げた先には――
<<男前フェイス!!!!!>>
「……
怪訝そうに眉を寄せられ、私は慌てて返した。
「あ、すみません……! えっと、そのボタンです。お願いしてもいいですか?」
白洲さんは眼鏡をチャッと整えると、その指先を私の胸元のボタンへ伸ばす。
――つん。
「――――っ!!」
思わず身体がビクついた。ち、ちがうもん!感じてなんかないもん!!
でも白洲さんは、そんな私の挙動不審など気にも留めず、相変わらず真顔だった。
「……少しサイズがキツいのではないでしょうか?」
真剣に心配してくれている。その眼差しが、逆に申し訳ない……。
ごめんなさい、わざとなんですぅ……。
罪悪感を押し殺しながらも、私は作戦を遂行する。
「そうかもしれないんですけど……とりあえず、閉めてみてもらえますか?」
白洲さんは小さく頷き、再び指先に力を込めた。
右手でボタンを、左手で布の端――ボタン穴のある方をつまむ。その仕草は無駄がなく、まるで古い懐中時計を修理する職人みたいに慎重だった。
私はその動きを、超高速で回転している私の脳内コンピューター(※ちょっとポンコツ)で観測していた。
……なぜか時間がゆっくりに見える。ほんの数秒なのに、私にはスローモーション映像のように映るのだ。
ぐっ……と布地が引き寄せられる。
シャツが胸の上でピンと張り詰め、わずかな圧が肌にまで伝わって――
「ひゃっ……」
あ、ちょっと変な声出そうになった!
慌てて口を噤み、必死に誤魔化す。今のナシ!今のナシだから!!
そして――。
思いのほかスムーズに、ボタンが留まる直前まで穴に入りかけた。
あと、ほんの数ミリ。布と布が寄り添えば、完全に留まってしまう。
えっ。えっ!?!?
違う!そうじゃない!!
こんなにあっさり閉まっちゃったら、私の作戦が意味ないじゃん!!
私の作戦はこうだった。
白洲さんが、ギリギリ閉まらないボタンに悪戦苦闘!
その間、目の前で揺れるのは私のたわわに実った武器。
彼はその様子に理性を削られ、少なくとも頬を赤らめるくらいはする――
……はず、だったのに!!
私の脳味噌が音を立ててさらにその回転速度を増していく!!
カランコロン音がする気がするけど、たぶん気のせいだ!!
そして導き出された対処法は――
――ハッ!!
私は咄嗟に両肩を後ろに引き、胸を張った。入りかけていたボタンが、スッと穴から離れていく。
これだ……!これは名案だーーー!!!
白洲さんに気づかれないよう、慎重に慎重に胸を張って、ボタンが留まらないよう調整する私。
白洲さんの指先にさらに力がこもる。
ふふふ。ねえ見て?白洲さん。私の心はもう白洲さんのものだし……この体も、白洲さんのものにしていいんですよ???
……おっと、まだ笑うな。白洲さんの頬がわずかに赤く染まったとき、私の勝利が確定するのだから……!
その時。
――パーン!!!
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
私の視界はいまだにスローモーションである。四方八方に飛び散る白いボタンたち。
そのうちのひとつが白洲さんの眼鏡に当たり、コツンと音を立てて――
「……。」
白洲さんは真顔で、右手にボタン、左手に布の端をつまんだまま動かない。
一方の私は――。
薄い水色のおろしたてのブラジャーを胸ごとさらけ出し、口をポカンと開けて固まっていた。
「……。」
なにか……なにか言わなきゃ……!
「……へ、へにゃ」
変な声が出た。どうしようどうしようどうしよう!?私がパニックになっていると。
「……
白洲さんは静かに、しかし真剣にそう呟いた。
「……返品した方が良いですよね……」
私がそう返すと、白洲さんは一拍置いてから答える。
「返品は……少し厳しいかと」
その表情は、心底気の毒そうな顔。
眼鏡にボタンをぶつけられた人のはずなのに、逆にこちらを気遣うような視線でじっと見つめてくる。
……うわああああ!!やめて!!その優しさがいちばん刺さるんですけどぉぉぉ!!!
水色ブラ全開のまま、私は心の中で絶叫した。
くそう!もう知らない!ヤケだヤケだヤケだ!!
私は半泣きで叫んだ。
「し、白洲さん!!見てください!!どうですか!?!?」
……いやいやいや。傍から見たら完全にヤバい図だよね!?
ブラ丸出しでおじさんにレビュー迫る女子大生!? 通報されたら一発アウト!!
白洲さんは静かに服の裾から手を放し、1歩、2歩と下がる。
そのままソファに置かれていたブランケットを手に取り――無言で私にかけてきた。
「……とりあえず、その服はもう着られないと思いました」
超絶に気まずそうなトーン。なんか逆に刺さるんですけど!?!?
「……そうですよね」
私は全力で後悔モード突入。自爆だこれ完全に自爆だ!!
「ボタンは拾っておきますので、先にお風呂へどうぞ」
「お手数をおかけしますぅぅぅ……」
こうして――
ピチピチ☆ボタンを閉めて白洲さん大作戦、
……大☆爆☆死!!
◇
私は三角座りの体勢で、いつもより少しだけ湯船に浸かりながら、脳内反省会を繰り広げていた。
「今日のお風呂、ちょっと熱いかも……?」
いや、たぶん熱いのは顔だと思う……。ぴえん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます