第12話 落ち込む美少女はトラックが突っ込む夢をみない!!

「……ん……?」


 深夜の静寂を破るように、園田が薄く目を開けた。


 うつろな目があんこの顔を見上げ、何かを探すように一瞬だけ空を仰いだかと思うと、彼女はそのまま、あんこの身体に腕を回した。


「……っ!!?」


 柔らかい体温が、ふいにあんこを包み込んだ。

 あんこの心臓が、跳ねるように鼓動を打った。


 (な、な、な、なにっ!? え、え、え、抱きしめられてる!?なんで!?!?)


 思考がパニックになった。

 だけど、寝ぼけた園田の表情はどこか幼く、儚げだった。


 (夢の続き……見てるのかな……お父さん、お母さんって……さっき……)


 聞いていいのか。

 いや、今このタイミングで聞いても、園田は覚えてないかもしれない。

 下手に触れれば、きっとまた壁を作られてしまうかもしれない。


 そう考えたあんこは、そっと園田の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。


 すると、園田のこわばった眉間が、すっとほどけた。


「……ん……」


 小さく喉が鳴って、そのまま、彼女は再び、眠りに落ちていった。


 あんこの首筋に、園田のあたたかな吐息がかかった。

 それは、ちょっとだけくすぐったくて──でも、なぜか悪くなかった。


 気がつけばあんこも、まぶたが重くなっていた。


 (まあ……ちょっとだけ……なら……)


 そうしてあんこは、肩を貸したまま、気づけば園田と一緒に眠っていた。


 ───


 次に目を覚ましたのは、朝の日差しがカーテンの隙間から差し込む時間だった。


「……ん、うわっ!? やばっ!!」


 飛び起きて、壁の時計を見たあんこは叫んだ。


 (完全に寝坊じゃんっ! 今日はスタジオでダンスレッスンだったし!!)


 ばたばたと服を整え、顔もろくに洗わず冷蔵庫に向かおうとしたとき。


「あ……あのさ」


 不意に、後ろから声がかかった。


 振り向くと、キッチンのテーブルに座っていた園田が、ぎこちない手つきでスプーンを持ったまま、あんこを見ていた。


「朝ごはん……作ったから……。食べなよ」


「え……?」


 あんこは目を丸くした。

 そこには、焼きたてのウインナーと、きれいな目玉焼き、そしてバターの香りがするトーストが用意されていた。


 園田は、頬を少し赤らめながら視線をそらし、小声でつぶやいた。


「……遅刻するよ、食べないと」


 あんこは、しばらくぽかんとしていたが──やがて、ふっと笑った。


「……ありがとう」


 素直に言って、席に着いた。

 ぱくっとウインナーをかじった瞬間、思った。


(あれ……なんか……すごいおいしい)


 ふたりの朝は、ようやく少しだけ、ぬくもりを持ちはじめた。

 それでも、まだ何かが始まったばかりの、そんな予感のする朝だった。


「ごちそうさま……すっごく美味しかった」


 あんこは最後のひと口を飲み込み、満足げに笑った。

 そのまま、自分の使った皿とカトラリーを手に取って立ち上がった。


「流しに持ってくね。洗い物は──」


「あの……」


 後ろから声がかかる。

 小さな、小さな声だった。


「昨日は……ありがとう」


 あんこは、ふいに足を止めた。

 振り向けば、園田が、テーブルの縁を見つめながら、ぽつりと呟いていた。


 寝ぼけて抱きついてきたことも、頭を撫でてくれたことも、全部覚えていたらしい。


 あんこの唇が、ゆるやかに綻んだ。

 今度は、作ったようなものではなく、自然に湧き出た、心からの微笑みだった。


「うん、どういたしまして」


 そのやさしい空気を包むように、朝の光が差し込んで──


 ──ピンポーン!


 不意に、インターホンが鳴った。


「……誰だろ、こんな時間に」


 まだ時間は早かった。配達でも来るようなタイミングではなかった。


 あんこが不思議そうに玄関に向かうと、ドアスコープ越しに、見慣れたスタッフの顔が映った。


「スタッフさんだよ、園田」


「え? なにか忘れ物……?」


 扉を開けたその瞬間だった。


「ヨハネさん、園田さん、急いで逃げますよ。いますぐ!!」


 開口一番、スタッフの女が叫んだ。


「え? なにが──」


「あぶない、早く!!」


 言葉を遮るように、鋭く怒鳴られた次の瞬間──


 ガシャアアアアアンッ!!


 背後から、ガラスが粉々に砕ける音が響いた。


 反射的に振り向いたあんこの瞳に、突き刺すような光景が飛び込んできた。


 リビングの大窓──そのすべてをなぎ倒すように、一台の大型トラックが部屋に突っ込んできていたのだった。

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