第二部!?

第11話 同期と同棲はドキドキ!?

 あんこ、デビューから、3日後、事務所。


「……で? そのダサいマーク、ほんとに秘密結社っぽいと思ってんの?」


 園田が、あんこのスケッチブックを覗き込んで鼻で笑った。


「あっ!? な、な、なにがダサいし!? この三重円に内包された蛇の意匠、いかにもって感じでいいでしょ!? 吾輩の“AssaX”にふさわしい荘厳さ!!」


「いや、何が“吾輩”だし……ていうかその蛇、どう見ても回転寿司のロゴにしか見えないけど」


「言いすぎ!! ていうかあんたのマークこそ、あれでしょ!? アニメでありそうな厨二病ブローチのパクリでしょ!?」


 園田のデザインは、黒い羽根と赤い涙が交差するエンブレム。

 正直、あんこから見てもカッコよかったけど、今はそれを認めたくなかった。


「やっぱり……こんなのと組まされるの、ムリなんだけど」

 園田がつぶやいた。


「な、なによ! それならあんたこそ──」


「だいたいさ、あんな噛み噛みな配信しておいて、リーダー面しないでくれる?」


「なっ……!!」


 あんこの脳内に、あの初配信の冒頭がよみがえる。


「け、け、け、結構ウケてたし!! あれは“キャラ付け”だし!? 同接数16万人だったし!? あんたみたいな同接数三桁の人に言われたくないし!」


「へー、数字マウント? でもそれ、ニジライブの看板の力だよね? 私は個人勢で三桁よ? てか、私のデビューであんた超すから。まじで。」


「なっ、なんだとおお!!」


 あんこは立ち上がり、勢いで園田の胸ぐらを掴もうとした。


 すぐにスタッフが飛び込んできて二人の間に割って入った。


「ちょっ、落ち着いてください黒羽さん!」


「やめてください園田さんも!」


 園田は止められているにもかかわらず、冷笑を浮かべていた。


「……フフ。私のフランケンシュタインにも勝てなかったくせに」


 あんこは、あの機械仕掛けの地獄を思い出して、グッと拳を握った。


 そのとき。


「……まったく、朝から喧嘩ですか?」


 山郷社長が、扉の向こうからため息と共に現れた。


「これじゃ、二人を同期としてデビューさせるのは難しいな」


「え……」


 園田が思わず小さく声を漏らした。


 社長はすぐにスタッフに目配せをし、「寮、空いてる?」と尋ねた。


「はい、ちょうど、Aルームが空いてます」


「よし、それじゃあ──」


 山郷は、指を鳴らすような口調で言い放った。


「二人は、デビューまで一緒に暮らしてもらうから」


「……は?」


「はぁあああ!?!? 無理無理無理無理!!」


「絶対無理!! 同じ空間とか、毒ガスより有害なんだけど!!」


「無理ったって、デビューしなくていいの?」


 山郷の静かな声に、二人は一瞬で黙った。



 ──そうして、車に揺られたあと。

 彼女たちが連れてこられたのは、ニジライブが所有する寮施設。

 高級マンションの一角をリフォームした、まるでショールームのような内装。


 だが、案内された部屋のドアを開けた瞬間、二人の顔は固まった。


「……ワ、ワンルーム……?」


「……部屋、仕切られてない……?」


 広さこそ十分だったが、完全な一体空間。

 ベッドは二つあるが距離は近かった。

 キッチンも、リビングも、作業デスクも共有。カーテンの一つすら分けられていない。


「絶望……」


「顔合わせて暮らすのか……」


 二人は無言のまま、そっと荷物を置いた。

 そして、無意識に反対側の壁に、それぞれ背を向けた。


 ──まるで、同じ檻に入れられた二匹の猛獣のように。


 だが、数時間が立ち──

「……このまま、仲悪いままで、グループやるの……しんどいかも……」


 そうあんこは思い始めた。

 そして、あんこは、意を決して、園田と仲良く……いや、知り合いレベルにははなすことができるようになろうと頑張った。


 …だが、それから三日が経ち、あんこはくじけそうになっていた。


 一緒の部屋に暮らしているとはいえ、園田由貴との距離はまったく縮まっていなかった。

 お互いに相手を避けるように、生活リズムすらわざとずらしていた。


 初日、あんこは意を決して声をかけてみた。


「えっと……さ、好きなVTuberとか、いる? わたし、ホロの──」


「……答える必要、ある?」


 会話終了。


 次の日も、懲りずにあんこは試してみた。

 一緒にご飯を作ろうと、エプロンを二枚出して、


「夕飯、オムライスにしようかなって! よかったら──」


「結構です。自分の分は自分でやるんで。」


 つれない声に、あんこの手がぴたりと止まった。


 掃除も、洗濯も、買い出しも、すべて別々。

 同じ空間にいながら、まるで隣人以下の赤の他人。


 せめて寝るときくらい声をかけようと、「おやすみ」と言ってみたが、

 返ってきたのは、園田の冷たい背中と、寝息のように静かな無言だけだった。


(なんなんだし……あたし、そんなに嫌われてんの……?)


 二人でチームを組まなければいけないのに、これではまともに活動できない。

 あんこはふて寝を決め込んだその夜──三日目の深夜。


 暗い部屋の中、ふと、布団越しに小さなうめき声が聞こえた。


「や……やだ……やめて……」


 園田の声だった。寝言ではない。明らかに、苦しそうな声。


「お、お父さん……お母さん……いや……行かないで……!」


 その声に、あんこは思わず体を起こした。


 寝返りを打つ園田の額にはうっすらと汗が浮かび、顔は苦悶の表情を浮かべていた。


(……園田……?)


 普段は冷笑と皮肉ばかりのその顔が、今はまるで子供のように怯えていた。


 あんこは息を呑んだ。声をかけるべきか迷った。


 けれど、何かが、胸の奥でちくりと疼いた。


(……なんで、あんたが……そんな顔……)


 そしてあんこは、そっと起き上がり、園田の布団の上に手を伸ばした。


──だが、この先どうするか、あんこは動転していて、決まっていなかった。

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