第7話
「私の部屋、隣人がすっごい暗くて妙に怖いんですよねー、真紀先生って隣人居ます?どんな人です?」
そんな質問を投げかけられたのは私が職場の同僚たちと居酒屋に居る時だった。もっと言うと私が唐揚げを口の中いっぱいに頬張った瞬間だった。
「――磯辺さんはなんというか…パーフェクト?」
同僚に質問のタイミングを謝罪されながらなんとか食べ終え、考えた答えを口にすると
「パーフェクト!?」
身を乗り出して驚かれて思わず怯む。
「あ、いや、そういうわけでもないんだけど…」
「どっちですか」
私が怯む程に身を乗り出した同僚は見事に手に持っていたグラスの中身を少量ながらに零し、視線は私に向けたまま器用に机を拭いている。
パーフェクトは流石に言い過ぎたか。でもなぁ…
「二つ年上の男の人なんだけど、話してると和むというか癒されるというか…料理も上手いし、色々才能に長けてるし…」
磯辺さんの説明をすればするほどパーフェクトさが浮き彫りになりはじめ、同僚から「へぇぇっ」と興味深そうな声が上がる。私が知る唯一の弱点は音痴なことだけど、音痴バレした磯辺さんは恥ずかしがっててちょっと可愛かったし……それすらパーフェクト要素の一つに出来てしまう磯辺さん、強いな。
「やっぱりパーフェクトで合ってるかも」
「えぇー!会ってみたい!」
・・・
会ってみたいと興味津々な同僚を「そんなことより最近付き合い始めた人とはどうなの?」の一言で軽々躱してから数時間。
彼氏への惚気が止まらなくなった同僚はことあるごとに「あまりの尊さに飲まなきゃやってられなかったですよ本当!どうぞ、真紀先生も飲んでください!」とお酒を勧めてきた。ずっと恋人の話題だったわけでもないし、お酒の強さにはある程度の自信があるため余裕過ぎるくらいのペースだった。ペースだった、はずだった。
さっきまでが嘘のように一気にお酒が回り始めた瞬間、そういえば寝不足だったことを思い出す。
「真紀先生大丈夫?」
酔いを自覚した数秒後、隣に座っていた三橋先生がそっと声をかけてくれた。流石三橋先生、面倒見が良いと評判なだけある。少し前まで他の同僚に携帯の画面を見せながら「一昨日まではパパと結婚するって言ってたんだよ…」と頭を抱えていたとは思えないほどスマートに声をかけてくれた。
「あー…………はい」
私としてはなるべく平気アピールをしたつもりだったけど「真紀先生お酒強いから気にしてなかったけど止めればよかったね、ごめん」と水を差し出されて反省。
「いえ、三橋先生の認識で合ってます。寝不足だったの忘れて普通に飲んじゃいました…」
惚気る同僚が可愛くて、コンディションが悪いことも忘れて飲み倒した私が全面的に悪い。完全に私の介抱に回ってくれ始めた三橋先生に心の中で土下座する。
「時間的にもそろそろお開きになると思うけど、一人で帰れそう?」
三橋先生の言葉に店内の時計を探していると、
「あ、」
パーフェクトな隣人を見つけた。
・・・
・・・
「あ、」
打ち合わせ終わりの気分転換に担当編集と居酒屋に足を運んでどれくらい経ったのか、何処からかすっかり聞き慣れた声が聞こえた気がして辺りを見回す。
店員さん、家族連れ、会社の飲み会なのか酔っている女性を介抱している男性、カップル、あの席の三人組はバンドでも組んでいるのかギターケースを傍らに――
……介抱されてる女性、鴨川さんだな。
数週間前に彼女の酒の強さを目の当たりにした身としては違和感しかない光景だけれど、改めて確認しても介抱されてる女性は隣人だった。
担当編集に一言伝えて彼女の居る席へと近づくと、先程まで起きていただろう隣人はすやすやと眠りに落ちている。
「あの――」
彼女に声をかけ、知り合いであることを証明し、必要であれば自宅まで送り届けるという計画は彼女が眠ってしまった今は実行することが出来ない。とはいえ、このまま彼女を放っておくことも出来ず不審者になることを決意した。
「突然すみません、鴨川さんの隣人の磯辺と申します。彼女、どうかされましたか?」
一人も顔見知りがいない状況下での隣人発言は根拠がなさすぎる、とせめてもの抵抗で彼女と自分の名前を告げる。
「えーっと……?かなり酔ってたので一人で帰れるか聞いてたんですが、寝てしまったので私の家に連れて行こうかと…」
抵抗空しく微かに警戒した瞳を向けられるが、相手の反応も理解出来る。見知らぬ人物が急に現れ隣人を名乗るのはかなり怪しい。彼女の名前だって周りの人が呼んでいたから耳に入ってもおかしくないし、磯辺なんて名前も偽名を名乗ることだってできる。ただ、流石に男性の家に連れていかれようとしている彼女を放っておけるわけはなく。
「僕の家の隣ですし、交流もあるのでお送りしますよ。すみませんがそちらの鞄取っていただいても良いですか?」
何が何でも自分が連れて帰ろうという意思からか、次々と言葉が出てくる。荷物の中から見覚えのある鞄を見つけて、知り合いアピールとばかりに声をかける。ただ、ストーカー疑惑も浮上し始めるのが大問題だ。
「あの…申し出は大変ありがたいのですが……」
「あ、もしかしてパーフェクトさんですか!?」
「え、違います」
突然カットインしてきた女性の「もしかして」という言葉に、自分を知る人物が居たようだとほっと胸を撫でおろしたのも束の間。全く聞き覚えの無い呼び名に首を横に振って否定する。誰だ、パーフェクトさん。
「あっ、すみません!磯辺さんですか!?おいくつですか!?」
「あ、はい。磯辺です。28歳です」
「パーフェクトさんだ!三橋先生、この人真紀先生のお隣さんですよ!さっき名前も聞きましたもん私!」
今度はしっかりと自分の名前が呼ばれ、安心しながら質問に答えていくと気付けばパーフェクトさん認定をされていた。
「え、あ、そうなの?――すみません、大変失礼な態度を取ってしまいました」
「会えて良かったです!真紀先生をよろしくお願いします!では!」
三橋先生の声を掻き消す勢いの声量と満面の笑み。出会いから別れまでのあまりのスピード感に着いていけず、戸惑いながら発したありがとうは救世主の耳に届いたかどうか怪しい。
「いえ、こちらも必死で…すみません、不審者極まりなかったです」
気を取り直して三橋先生と向かい合うと、謎のパーフェクトさん認定をされたことで相手の警戒心も解けたようで、お互いにぺこぺこと謝罪し合う。
「ちなみにですが、私の家には妻も子供も居ますのでご安心ください」
周囲に聞こえないよう配慮してかけられた言葉に思わず逃げ出したくなる。慌てて再度謝罪すると「お姫様を守る騎士のようで素敵でしたよ」と優しい瞳を向けられてこちらのライフはもうほぼゼロに近い。
こうして限りなくライフを減らしながら帰宅した後に待っていたのは、ベッドに寝かせた彼女が寝惚けて腕を掴んでくるという強制添い寝コースだった。火事場の馬鹿力以上の力を発揮しているのではないだろうかという程の握力。途中で抜け出せた結果、数分間の強制添い寝コースへと名は変わったものの、僅かな時間でも添い寝をしてしまったことは秘密にしておいた方が彼女のためだろうと思う。
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