第2話
壁に穴が開いて一、二週間もすれば、謎めいていた磯辺さんも段々と謎が少なくなっていた。
発見その1 職業は小説家
売れっ子先生らしく、いざ名前を聞くと私も購入したことのある作家さんだった。
発見その2 りゅうくんは磯辺さんの友人の息子
てっきり磯辺さんの息子だと思っていた上、当日の磯辺さんとりゅうくんとのやり取りでこの一件を終わらせたつもりだっただけに、壁に穴が開いた日の翌日に磯辺さんとりゅうくんとりゅうくんの親御さんが菓子折りを持って謝罪に来てくれた時には驚いた。お菓子美味しかったです。
発見その3 年齢は二つ上の28歳
発見その4 恋人なし
これは、この状況で過ごして行くにあたりお互いに相手がいると悪いんじゃないかという磯辺さんの気遣いから持ちかけられた質問だった。結局お互い恋人がいないということが判明してこの話題は終わった。この他にもまだまだ発見は沢山あるけど、全てをあげると長くなりそうだからやめておこう……。
コツンッ……コツンッ……クシャッ――
「…………」
隣の部屋から紙を丸めて捨てる音が響いてくる休日のお昼。
あ、もう一つだけ発見したことを挙げておこう。
発見その5 この音がしている時はスランプ中
書いた紙を丸めては捨て、丸めては捨てを繰り返している音らしい。これは小説家だと教えてもらった時に一緒に注意を受けた。こういう場面にもし遭遇してしまったら声はかけないでね、と。
そんな会話を思い出しながら時計に目を移し「でもなぁ……」と思う。
もうお昼だというのに恐らく朝から何も飲まず食わずで作業をしている様子の磯辺さん。
いくら話しかけないでと言われていても、頭を使ってるのに栄養分何も摂取してないってのはなぁ、と思ってしまう。
「よし、とりあえず作ろう」
小さく呟くや否や、早速昼食の準備に取り掛かる。
なぜ磯辺さんの昼食まで心配するのかというと話は至って簡単で、最近では何となくご飯を一緒に食べることが多くなっていた。
切欠は磯辺さんの部屋からするあまりに美味しそうな食事の匂いに誘われて私がご馳走になったことなんだけど。それ以来、タイミングが合えば一緒に食べるのが当たり前になりつつある。
「磯辺さん、一応ご飯あるのでお腹空いたらどうぞー」
出来るだけ小さな声でそれだけを伝え、私は先に食事を始めた。
待とうかとも思ったけど、いつになるか分からないし、磯辺さんも「待たせてる」って思わなくて済むかななんて思いながら。
私の予想に反して、磯辺さんは数分後には穴を塞ぐカーテンをくぐりながらやって来たけど「よかった、先に食べてくれてたんだ」と笑顔を向けてくれたので安心しながら磯辺さんの分を台所に取りに行って二人で食事を始めた。
「あー、疲れた身体に染み渡る」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ご飯食べたら元気になりました。ごめんね、僕煩いでしょ」
「そんなことないですよ」
美味しそうに噛みしめながら食べてくれる磯辺さんに嬉しさと心配を抱えると申し訳なさそうに笑顔を向けられて慌てて否定する。
「ありがとう。それにしても本当よく食べるね、いいね元気いっぱいだ」
申し訳なさそうに笑われたと思ったら次は揶揄うように笑う磯辺さんに表情がころころ変わる人だなぁと思った。
「どーせ大食いですよ」
「いやいや、女の子にしてはよく食べるってだけで、そんなでもないよ?」
いーっと口を広げて言うと、またもや笑われてしまった。
くそう……。一緒に食事をする切欠になったあの日、私は自分の大食い度合いも披露してしまうことになった。気付いた時には既に心ゆくまで食べた後で。磯辺さんは「いっぱい食べる子の方が良いよ」と微笑んでくれたけど、家族くらいしか知らない事実を知られてしまった身としては中々に恥ずかしかった。まあ、私の性格が比較的サバサバしていることもあって、おかげで次からは何も考えず通常通り食べられているから楽ではあるけれど。
「じゃあ、ごちそうさまでした」と磯辺さんが再び作業に戻ってからも音はしていたけれど、少し経つとそれもなくなって、どうやらスランプは無事通り過ぎてくれたらしかった。
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