空色ショート短編集

藤花詩空

#1 俺の織姫【2020年投稿版】

 7月7日。

 出張帰り。久々の我が家には出迎えてくれる彼女が居る。

 離れていたせいだろうか……彼女の存在を七夕にしか出会えない織姫のように感じてしまう俺は……やっぱりおかしいだろうか。

「お帰りー! 待ってたよ」

 笑顔で出迎えてくれる彼女は可愛らしいエプロン姿。それだけで心が躍る。七夕のせいだろうか……それとも……。

「ただいま。帰ってくるの……1か月ぶりくらいだよな」

 平静を装いながら彼女に返す。

「1年くらい経った気がしちゃうなぁ……君が居ないと何か違うんだよね。この家の空気も」

 そう言いながら彼女は照れ臭そうに笑った。

「だから今日帰ってくるって聞いた時からスマホのスケジュールに入れちゃってさ……何だか恥ずかしいや」

 その言葉が嬉しくて、やっぱり愛おしいと思ってしまう。

 だけど言葉にするのは気恥ずかしくて、苦笑を返すしかできなかった。

 そんな俺に彼女は言う。

「1か月も経つんだし、浮気されないかなぁなんて思ったりもしたよ?」

「そんな訳無いだろ! この1か月間毎日俺は君の事ばっかり考え……あ」

 反射的に返してしまい、一気に気恥ずかしさが襲ってくる。

「あーっと……今のは……!」

 つい言い訳をしようとして口をもごもごと動かしてしまうが、目が合った彼女の嬉しそうな笑みに言葉なんて引っ込んでしまった。

「へへ、嬉しーな。ごめんね。浮気されないかな……なんてホントはこれっぽっちも思ってなかったんだよねぇ」

 言いながら悪戯っぽく笑う彼女。

 怒っても良い所かも知れないが、つい可愛い……と思ってしまった。

「あんまり君ってそういうの言ってくれないからさ……たまには言わせたくもなっちゃうんだよ?」

「そ、それはごめん……けど何かそういうの……恥ずかしいだろ」

 小さい声で言うが、彼女は言う程気にしている訳ではなさそうだった。

「ま、良いんだ。君のそーいうトコ、好きだし。君が言わないならあたしが代わりに言うからさ」

「君……」

 思わず見つめる俺に彼女は笑顔で言う。

「ふふっ1か月振りに会えて本当に嬉しいよ。それに今日は七夕だからね……何か特別な感じがしちゃう。だから七夕っぽい料理作ってみたんだ」

「それでエプロン姿だったのか……」

「そーそ。ってことでほら。着替えた着替えた」

 言いながら俺を押す彼女。

 その温もりも1か月ぶりだと思うと嬉しくて、愛おしくて仕方が無かった。


    ◇    ◇    ◇


 着替えを済ませ、食卓で待つ彼女の許へと向かう。

「あ、来た来た。ほらほら見てよ!」

 笑いながら彼女が示したのは七夕らしく天の川に見立てた素麺に星型にくり抜かれた人参が乗っている料理。今夜のメインディッシュなのだろう。

 麵汁も市販の物をそのまま出した感じでは無く、彼女自身がこだわって味付けをしてくれたようだ。

「そうそう、七夕ゼリーも冷蔵庫で冷やしてあるんだよ。結構時間かけて作ったし、自信作。まぁそんなの作ったことないし……めちゃくちゃレシピサイトとか見たけど……」

 少し恥ずかしそうに彼女は話す。飾らないその物言いは俺が彼女を好きな理由の1つだ。

「それは楽しみだな……早速いただくよ」

 思わず笑顔になって座れば彼女も向かいに腰掛ける。

 何でもない日常のその動作がもう愛おしいなんて……きっと彼女はわかっていないだろう。

「いただきます」

 手を合わせて箸を取り、食べる俺の動作を彼女がそっと見つめていた。

 何だか照れ臭いと思いながら、素麺を口に運んだ。

「ん、うまい!」

「……ホント!?」

 俺が思わず漏らすと緊張気味に見ていた彼女が身を乗り出して尋ねてきた。

「もちろん。俺が嘘を言った事が……あったかも?」

 言い切れないのが情けない。

 そんな俺を見て彼女は大笑いする。

「もー、相変わらずカッコつけるの下手だなぁ君は。だから信じられるんだけどさ」

 笑われて一瞬照れ臭く思うが、彼女の笑顔を見ていたらそんな想いは吹き飛んだ。

「まぁでも美味しかったなら良かった。君のためにあたし、地味に頑張ったんだからね!」

「……そっか、そうだよな」

 確かに彼女は料理が得意な方ではなかった。きっと今日だけではなく前もってたくさん準備してくれたのだろう。

「……ありがとう」

 呟くように言うと彼女は驚いた顔をした。

「君が素直にそんな事言うなんて、珍しいね」

「わ、悪い? 俺はただ本当に有難いと思ったから……」

 つい恥ずかしくなって又言い訳をしようとするが……思わず見た彼女が笑顔だったから言い訳なんて引っ込んでしまった。

「……ううん。すっごく嬉しい。けど何か照れちゃうな……えへへ」

 余りにも嬉しそうに笑うから……自分がどれ程伝えていないのかを痛感する。

 でもそんな事なんて忘れるくらいの力をその笑顔は持っていた。

「これからも君とこんな穏やかに過ごせる日が続いたら良いなー……なんてね」

 静かに漏らす彼女に込み上げてくる感情がある。

(困ったなぁ……彼女が好き過ぎて……本当に困る)

 心の中ではこんなにもおしゃべりな自分だというのに、本当に伝えるのが下手糞なんだ。

 こんな俺に彼女は本当に良く付き合ってくれていると思う。

(今日は七夕……か。そんな日にこんなに嬉しい気持ちをくれるなんてな)

「……きっと君は……俺にとっての織姫なんだな」

「え?何か言った」

「いや……」

 言葉にして伝えることは……今はできないけれど。

(……そんな君が……本当に大好きだ)

 きっとこんな優しい気持ちになるのは……七夕のせいだけじゃない。

 そう思いながら、そっと彼女の左手の薬指を盗み見る。

 彼女らしく何も飾っていない、だけど綺麗に手入れされたその指に。

 近々世界で一番と言えるくらいのプレゼントを贈ろうと……密かに決意する。

 七夕の魔法が永遠になるように。

 伝えるのが下手な俺の想いが……一番に伝わるように。

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空色ショート短編集 藤花詩空 @toukasisora0811

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