第33話今幸せですか
足の痛みが引くと、俺は迷いに迷ったがサキスを追うことにする。
地面は未だ、白い雪で覆われていた。
足跡がくっきりと残っており、いともたやすく追跡できた。
町の大通りについた時、俺は途方に暮れることとなった。
雪が積もっている寒空の下であろうとも、人の営みが生み出す熱が止まることはない。
深い雪に足が取られようとも、――買い出し、家畜の世話、恋人との散策。
人々は思い思いの時間を過ごしていた。
その痕跡が重なり合い、目印を消していた。
「サキスを見ませんでした」
仕方がないので、地道な聞き込み作業に移行した。
いまだに、サキスの怒りの原因が理解できない。
出会えても、どうすればいいのかなんてわからない。
でも、なんとかなると確信していた。
「幼馴染である、ナトラに分かったんだ。だったら、俺にもサキスの気持ちがわかるはずだ」
血はつながっていないが、兄弟として10年過ごしたんだ。
積み重ねた絆が、分かり合えるという確信を生み出していた。
「何で見つからないんだよ」
(その確信も、出会えなければ意味がないんだよな)
名探偵ケイデスの事件簿は早くも迷宮入りの様相をていしていた。
まじで、あいつどこに行ったんだよ!
「どうせ女のところだろ。最近の動向だって把握してるんだ」
最初は余裕があった。
俺は逃走犯の兄貴である。
あいつが好む場所も、行きそうなところも、すべてインプットしている。
まずは、エイダの自宅。
いない。
次に、その……、やったかもしれないリリーシャの家。
もぬけの殻。
最後に、ネトラの家を外側からのぞく。
ここにもサキスの気配はなかった。
「あいつどこに行ったんだ!
もしかして、俺が把握していない女のところに転がり込んでいるのかよ!」
思わず、天に向かってほえれば、太陽の傾きがシャレにならなかった。
(もう、潮時か)
こうして、本日の探索は終了した。
翌日。
俺はふらふらと町を歩いていた。
「こういう時は体を動かすのがいい。気分がまぎれるからな」
サキスを探すためではあるが、暗い気持ちを吹き飛ばすために体を動かしたかった。
血流が促進され、気分が上向きになるが、一向に目的が達成されることはなかった。
まじで、どこにいるんだよ、サキス!
「げっ!」
「おはようっす。ケイデス君」
今の俺は、好きでもない女に告白された時みたいな表情を浮かべているだろう。
目当ての人間に会えなかったというのに、面倒なので会いたくなかったエールと遭遇したのだから。
「それで、例の活動はどうっすか」
「昨日の今日で何かできると」
「それもそうっすね」
例の活動とは、一夫多妻制の撤廃である。
昨日こいつにネトラとサキスの婚約を聞いて歯車が動き出した。
たった一日なのに、多くが起きたせいで、はるか昔のことに思えた。
「それで、ケイデス君にお願いしたい仕事なんすけど」
「リーダーはごめんだけど、アンケート。情報収集くらいはしてやるよ。
最初に話をするのは……、ジオさんのところにするか」
「おじいちゃんすか」
「ああ、紹介状を書いてくれよ」
エールの祖父であるジオは町におけるサイコキネシス能力者のオリジナルである。
スキルのランクはA。
それもおばばの下駄無きの正当な評価でだ。
若いころは、軍人として名をはせていたそうだが、女がらみのトラブルで除隊になったそうだ。
それを考えれば、複数の奥さんを持てる、この村の風習を歓迎したのだろう。
離婚やら何やらで、妻の数に変動はあるが、最大で7人。今でも3人の奥さんを持つハーレム野郎だ。
「どうして一夫多妻制を利用している賛成派に話をするんや?」
「問題点を調べるためだよ。
いきなり0か1かの改革は難しいだろ。
今の制度をそのままに、少しだけ改善するのが俺の目標だ」
「なるほど。
分かったっす。おじいちゃんにはこっちから紹介するっすよ。
その間にこっちも、僕たちの意見に賛同してくれそうな人に声をかけるっすから」
いてもたってはいられないと、動き出したエールに俺は背後から声をかける。
「俺たちってなんだ!
町のためを思って行動しているから協力してやってるだけで、俺はお前の同士でも何でもないんだぞ!」
もしかすると、聞こえていないかもしれない。
エールは振りかえることすらせず、風のように走っていく。
「というか、面倒な仕事を引き受けたな、俺」
昨日ナトラに家族を優先しろと忠告したのに。
今の俺は家族を後回しにして、どうでもいいことに熱を上げている。
口約束なので無視してもいいのだが、サキスが見つからない今、できることが何もない。
黙って、突っ立っていれば、後悔の波に身を流されそうだ。
逃げだと分かっていても、止まることはできなかった。
約束の通りに、俺はジオの家の前に立つ。
この町の有名人だ。
家に住む人数も多い。
その家はさぞ大きく豪華なものだろうと思ったが、意外なことに周囲の家よりもほんの少し大きいだけだ。
「いったい何の用じゃ」
ノックをすれば、立派な顎ひげを蓄えた老人が白いシャツ一枚というラフすぎる格好で俺を出迎えた。
エールに話を通せとお願いしたのだが、この様子を見るに報連相は達成されていないらしい。
ジオは不機嫌さを隠そうともしない。
「結婚生活について聞きたいんだ」
「つまり、今離婚騒ぎになっているワシを笑いに来たのじゃな」
「はっ!」
エールゥ! 報連相はどうしたぁ!
「違う違う違う!
俺は複数の妻を持つ結婚生活について聞きたいんだ。
弟が近く結婚するんだよ。
しかも、すぐに次の結婚を予定している。
新婚生活のあれやこれやを話して、弟の好感度を稼ぎたいんだ」
「それがワシと何の関係がある」
ですよねぇ!
旗色が悪くなったのを感じ、俺は秘密兵器を投入する。
「これは!」
持ち歩いていた、無地の手提げ袋の中から、小さなたるを取り出した。
鋭い目つきでジオはそれを検分する。
中身は俺が作ったワインだ。
「はじめて作った酒の残りだよ。
飲んでもらって、味がどうなっているのか舌が肥えた人の意見が欲しいんだよ。
酒に関しては素人だし」
「なるほど、いくらでもゆっくりしていっていいぞ」
さっきまでの不機嫌さはどこに行ったのかと尋ねたくなる、満面の笑みである。
「今は幸せですか?」
体面に座り、俺は一気に切りかかった。
「どうだろう。若いころならよかったとは思う」
「まぁ、離婚しましたし……。
その、どうして離婚したんだ」
たずねにくい質問だが、俺はぐいぐい行く。
「ワシが老いたからだ。
この年になると、若い女を相手にするのがきつくてね」
俺は思わず股間を眺めた。
年を取れば、起つものも起たなくなるというが……。
というか、この年でも、つい最近まで現役だったのかよ。
「マーガレットさんと、レイチェルさんの姿が見えないけど、どうしたんだ」
これはジオさんの最初の妻と第2夫人である。
「まぁ、けんか中じゃよ」
感情を隠しているのか、その声はいつも通りだった。
踏み込みたいという気持ちはあるものの、若い妻とのごたごたと離婚。
その過程で、長年連れ添った妻との関係が悪化した。
何をどう考えても爆心地だ。
聞かない方がいいだろう
「若いころは幸せだった。
だが老いるとどうしてもな」
その姿は昔を懐かしんでいるようだった。
「いつかほころびが出る。
幾人もの女をめとることは元気があればできる。
自分も含めて幸せにするのは才能がいる」
言い終えた老人は疲れ切っていた。
無計画な家族計画、ただ快楽を味わうための動きをしたつけを今さらながら払わされているように俺は思えた。
そこから数世帯俺は話を聞いた。
やはりというか、どこも経済的な問題を抱えていた。
「これを見るに、改善点はスキルしか見ていないところだな」
複数の女と子供を養うにはやはり金が要るのあろう。
スキルは生まれながらの資質。
金を稼ぐの生まれてから培う資質だ。
その矛盾がこの町に暗い影をもたらしているのだと、俺は感じざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます