第29話ダンジョン談義
「私に聞きたいことがあるんだろう」
「本人に直接聞くからいい」
おばばの問いをそっけなく返す。
時間がたち、頭が冷えたのだ。
「義理とはいえ兄弟だ。そっちの方がいいだろう」
「身内の問題に他人が首を突っ込んでもろくなことにならないしね」
と、同意した。
「それで、ダンジョンについて話していたようだけど」
一区切りしたからこそ、好奇心を優先する。
「だれをダンジョン探索に向かわせるんだ」
「言っておくが、ガイアの使徒の活性化は国の失態だ。私たちがつけを払うつもりなどない」
「ガイアの使徒の討伐は最重要の神事だろ。
神官がそれをいっていいのかよ」
「その神の末柄が直接解決に動くんだ。
私たちにできることはないさ」
ダンジョン。
ファンタジー世界の代名詞であるこの場所を一言で語るのは難しい。
それぞれの神が管轄する、いくつもの階層に分かたれた世界をつなぐ階段。
邪神を封印する牢獄。
いくつもの英雄譚が生まれる場所であり。
神が人を試す試練の場でもあり。
異なる世界の文化がまじりあう、一代交易地でもあった。
中世ヨーロッパ世界。
航海技術がいまだ未熟なこの世界において、遠い、異国情緒あふれる野菜や装飾品が手に入るのはそのためだった。
「ダンジョンでは、一体どんな光景が広がっているんだろうな」
俺たち人類が暮らす町でも驚きの連続なのだ。
人間と近いようで違う、亜人の住まいで、どんな未知が待っているだろうか。
「その様子だと、何かバカなことを考えているようだね」
「痛い痛いいひゃい!」
ダンジョンのことを考えていると、いつの間にかほほが緩んでいたらしい。
その緩みを矯正するべく、おばばの両手が俺の頬をひねり上げる。
「言っておくけどね、ダンジョンはあんたが思ってるような場所じゃないんだよ」
頬をつねる指先が、かすかに震えた気がした。
季節のことを考えれば、寒さのせいもありえる。
そうではないと、確信しているが。
「あんただって、ダンジョンの忌み名を知っているだろう」
「まあね」
光あるところに、影もまた存在する。
ダンジョンは富と栄誉という光で多くの若者を誘引する一方で、多くの悪名をとどろかせていた。
戦士の墓場。
処刑台。
あるいは皮肉と事実を交えて、天国に一番近い場所。
帰還者の中には、ダンジョンという言葉を耳にしただけで、恐怖し震えるものもいるそうだ。
「いいかい! 私はあんたら、村の若いもんがダンジョンに向かうことは絶対に許さないよ」
栄光を手にしたものがいる一方で、それと同等、あるいはそれ以上の人間が地獄を経験しているそうだ。
今と前世。
その両方を足したとしても及ばないだけの長さと濃さを伴った人生を送ったおばばのことだ。
実際に行ったのか、誰かを送り出してそれを後悔しているのかまでは分からない。
俺に分かるのは、漠然と、過去に何かあったという事だけだ。
そんなおばばにしてみれば、ダンジョンが持つ夢の輝きも底なしの悪夢としか見えないのだろう。
「で、でも」
「でもじゃない、あんたはあそこの何を知っている」
問いかけられたからこそ、俺は祝福と栄光の物語を語りだす。
伝説の地
財宝伝説
神々の試練
そして、邪神から世界を守る救世主伝説。
現実がそんなにきれいなものではないと知っているものの、これらすべてがゲームや漫画で見た輝かしい物語だった。
これらのどれか一つでも、男の子なら皆目を輝かせ語り合うだろう。
「吟遊詩人どもも余計な話をするものだ」
しかし、人生の酸いも甘いも経験した老婆にはお気に召さないらしい。
「でも、実話なんだろ」
「実話ではあるが、それは、結果にいたるまでどれだけ苦労とみじめな敗者がいたことか」
若者は光を、老人は闇に目を光らせる。
「それは逆に、命さえチップに賭ければ誰でも成功の可能性があるってことだよな」
つい、ワクワクが押さえきれず本音を漏らした。
「おまえ、本当にケイデスかい!」
おばばは目を丸くする。
こんな間抜け面初めて見た気がする。
(こいつ、本当におばばか?)
「他の誰に見えるんだよ」
「すまないね。普段は大人びているもんだから、ちょっと驚いてしまったんだよ」
こっちをじっと見るおばばは俺を見ているはずなのに、どうしてか遠くを見ているようだった。
もしかしたら、俺の姿に誰かを重ねているのかもしれない。
「まぁ、気持ちは分かるよ!」
「やっぱり、おばばもロマンを理解しているじゃないか!」
笑顔でサムズアップすれば、殴られた。
「いてぇ、いきなり殴るか普通」
ついさっき、いきなり人に殴りかかったのは秘密だ。
「言っても分からないだろうからね、体に分からせたまでだよ」
理不尽だ!
「悪いね、ちょっと失礼するよ」
おばばはキセルを取り出し、吸いだした。
「謝って……ないな、この態度。
いやいいけど」
一瞬、殴ったことへの謝罪かと思ったが、この態度を見るに違うらしい。
「というかさ、タバコは健康に悪いって散々怒られてたよね」
昔、健康に悪いからやめろと、村人に止められてたな。
必死に抵抗したおばばも、最後には禁煙の誓いを立てていたはずだ。
「健康に悪いも何も、どうせ老い先が短いんだ。
たまの楽しみくらいは見逃しな」
以降、吸っている所を見たことがない。
隠れて吸っていたのか、あるいは我慢できずに吸いだしたのか。
どちらか、俺には判断できなかった。
「そもそもの話だけど、おばばこそダンジョンの何を知ってるんだよ?」
「知っているとも。全てではないけど、あんたよりははるかに。
何せ、私は昔あそこにいたんだから」
苦虫をかみつぶしたような表情で、おばばはぼそぼそとつぶやいた。
小さな声だが、俺は聞き逃さない。
それどころか、これからどれだけ声が小さくなってもいいようにと、耳に全神経を集中させる。
「で、どんなところだった」
「地獄だった」
かすれた声を聞くと同時に、俺は自分の目をこする。
「大丈夫か、おばば」
年齢に見合わないほどに若々しいこの老婆の容貌が年相応。あるいはそれ以上に老けて見えたからだ。
「ダンジョンに私は仲間とともに挑んだ。
中層。
そこに到達するまでに仲間はみんな死んだ。
戦って死ねるならば、まだ運がいい方だよ。
飢餓、病、災害。
そんな理不尽の連続。
どれだけ強かろうが、あの場所では意味をなさない。
もっと違う才能がいる」
憧れを否定された。
かっとなって反論したくなるが、本当の親のようにこちらを心配する姿に言い返せない。
「そもそもの話、あそこよりもはるかに環境がましな開拓村でも私は3度つぶしたんだ」
「そんなに」
もっとダンジョンのことを聞き出したい。
しかし、おばばの苦しそうな姿を見ると、どうしても踏み込めない。
きっと、おばばの方も同じことを狙って、話題を逸らしたのだろう。
それに、俺にはエールへの罪悪感があった。
情報収集のチャンスだ。見逃せない。
「おまえも経験しただろ、オークの襲撃。
人員がそろうまでは、対処できなくてね。
村そのものを焼き討ちされて、後方の拠点へ命からがら逃げかえる。
そんなことが3度だよ。
最近じゃ、開拓村ができて、村への襲撃が減ったが、それもいつまでもつか分からない」
さすがは村の有力者だ。
エールが考えている、衛星都市による襲撃の減少より、数歩思考が先に進んでいる。
「混沌がこちらにこないよう、私らはアイツラを守らないといけない」
「でも、人口が減ってきてるって問題が」
「またその話かい。結婚もできないごくつぶしどもに何か吹き込まれたようだね」
村の未来を考えるおばばからは先ほどの弱弱しさは感じられない。
いつもの力強く、若々しい姿があった。
「そういった批判があることは理解しているけどね、外の村がつぶれない保証がどこにある。
まずは安全の確保。
それさえできていれば大抵の問題はどうにかなるんだよ」
経験に裏打ちされた持論に、俺は反論できなかった。
他人事のように、エールおまえの相手は手ごわいぞと、応援する。
帰り道で、先ほどの役人と、近々開催されるであろう市のために、この村にやってきていたゼニゲバが何やら話し込んでいた。
俺は忙しいので、さっさとその場を後にした。
俺には関係ないことなので、そのまま俺は家に帰った。
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