第27話勝敗予想
「今は目立った問題が出ていないっす。
でも、僕の予想やと違う」
「……予想?」
はて、その問題とは何だろう。
頭をひねるも、納得がいく答えが出てこない。
「あと数年でこの村は前線ではなくなるんす」
俺はポンと手を打った。
「確かに、開墾が進み、ここより奥地にも新しい村が生まれている。
ガイアの使徒の襲撃はその村が吸い寄せると予想したんだな」
「そうっす。
戦闘が減ってくると、ただ強いスキルを持っているだけだと問題なんや。
産業は、職場に合ったスキルを適正に配置する必要があるんすよ」
「戦時体制から平時の体制への移行か……。
平和になっていくのはいいことだけど、思いもよらないところから問題が発生するよな」
もちろん、エールの予想が現実になるとは限らない。
が、仮にうまく行けば……、20年後くらいに、この村に危機が訪れる可能性がある。
「エール、いや、エールさん!」
「いや、どうしたんすか急に。
呼び捨てでもいいんすよ」
「ただの変態だと思ってごめん!
この理屈にしても、彼女を奪われた嫉妬から、理論武装しているだけかもと考えてる。
それでも、ここまで村の現状を把握して先のことを真剣に考えてるとは!
女の尻を追いかけるダメなやつではあるけど、おまえは間違いなくすごいやつだ」
「ねぇ、これって、ほめてるんすか? それてもけなしているんすか?」
「ほめてるんだよ」
「ならいいっす」
よし、丸めこめれた。
あるいは、俺の方が丸め込まれたと言った方が正しいのかもしれない。
負い目から話を聞いたが、ここまで真剣に考えているというのなら、改革運動に協力してもいいと思えた。
問題は、おばばが自分の意見を変えるかだ。
「ほんとうに説得できるのか孫子の知恵を借りよう」
「また孫子っすか。あの人ってすごいっすよね」
そうだよね!
古代中国の人間が今でも研究されてるんだから。
「孫子は戦争の勝ち負けを検討するための指標として、五事をあげている。
その内容は道、天、地、将、法の五つ。
道とは政治。
トップと配下の思想、目指すべき先が同一であるか。
天とは自然条件。
地は地形。
将は現場を指揮する人物の能力。
法は規則。
どちらの規則がより厳格に守られているのか、優れているのか。という感じだ」
「道についてはおばばの圧勝っすね。
問題が出ているけれど、この村を引っ張って来た功労者。
思想に共感する人物は多いはずや。
天、自然条件については……、今は関係ないっすね。
地については……、こっちの勝ちっすね。
これから魔物の襲撃が減るんやから。
将はおばばの勝ち。
そもそもの話、僕らは女にも振り向いてもらえなかったんや。
そんなやつらに人がついてくるはずがない」
え! それネタにしていいんだ。
あまりの自虐っぷりに、快活に動いていた舌が絡まってしまう。
「き、気にするな。
まだ、関係がどこまで発展したか分からないだろ。
きっと、多分、おそらく……。
おまえのところに戻ってきてくれるよ」
ぬめぬめした関係になっているのを知っているけど、まだ確定じゃないし。
「本気でそう思ってる?」
「オ、オモッテマストモ」
「思っていないっすね」
どうしてばれた。
「まぁ、いいっす。
法に関しても、実質おばばはこの村の裁判官。負けっすね」
有利か不利を考えると、
道 ×
天 ー
地 〇
将 ×
法 ×
3負1勝ってところか。
分かっていたけど、状況は絶望的だ。
もう駄目だと、俺はあきらめの境地に達する。
息抜きに背伸びをした。
エールはまだ諦めていないらしい。
地面に書いた文字をじっと眺めている。
「改善できるとしたら、道と将っすね」
「まだ勝機があるっていうのかよ!」
疑いの目を向けてしまうが、こいつらのリーダーを知らないことを今さら思いだした。
リーダーが持つカリスマ性、能力、人望によっては勝率も変化するだろう。
この村で、おばば以上にそれらを持っている人物に思い当たらないが。
「リーダーはいったい誰なんだ?」
「そのリーダー役をケイデスに任せたいんすよ」
「え! 俺!」
確かに、カリスマ性、能力、人望もあるけど!
「今年成人した、孤児出身の新社会人がそんな大役をできるわけないだろうが!」
すいません、見えはりました。
自信はありません。
「いきなりこんなことを言われても、話が大きすぎてついていけないよ」
これから乗るであろう船からは泥の匂いがプンプンする。
逃げるべく、俺は立ち上がった。
鏡写しのように、エールは追従すると、腰を90度に曲げた。
「でも、ケイデスだけが頼りなんや!」
「いや、そんな事……」
ないと言おうとして、舌が痺れて動かないことに気がついた。
エールの言動は俺の心を想像以上に動かしたらしい。
「成人前に魔物を倒す。
番外の神の加護を授かる。
コンソメという村の産業を生み出した。
僕は村ではまだまだペーペーすっけど、いずれはケイデス君が村の頂点に立つと考えたんや」
俺はドカンと椅子にすわりなおす。
「ま、まぁ、そこまでいうなら話くらいは効いてやるよ」
――ケイデス君だけが頼り。
心を動かされ、逃げ時を失ったと後悔しているが、しょうがない。
ここまで俺を頼ってくれたのだから。
でも、
「それは俺を買いかぶりすぎだよ」
前世で引きこもりだった俺を尊敬の目で見てくる。
その光が痛い。
「評価してくれているのは嬉しいけど、今年成人したばかりの俺がおばばに勝てるわけないだろ」
「勝てなくてもいいんすよ。おばばの心を動かせれば。
ケイデス君はこの制度最大の被害者や。
これから村を引っ張っていく男に、嫁の一人もいないってのは格好がつかないやろ」
ネトラとはそういった関係ではないのだが。
もちろん内心にとどめる。
俺も空気を読めるのだ。
「おばばも、村の未来をつぶそうなんてことは考えておらんはずや」
「つまりだ、俺がおばばを説得しろってことか」
こいつは俺よりも孫子を使いこなしているらしい。
政治と指揮官。
この二つをおばばと対立して帰るのではなく、味方として内側から利益を示して変更する。
なかなかにスマートなやり口だ。
「そうっす。
村全体を動かすことはできないけど、おばば一人の心を動かすことくらいならできるはずや」
「まぁ、前向きに検討してもいいかもしれない」
こうして俺が選んだのは、日本人らしい、なんとも煮え切らない、肯定とも否定ともつかない言葉だった。
話に共感を感じた。
ある程度の改革はやってもいいとは思う。
けど、全面的に資金をベッドをしたいかとなれば、話は別だった。
今度こそ、俺は立ち上がって、エールに背を向けた。
向こうももう何も言ってこないところを見るに、話は終わったと判断してもいいのだろう。
そんな時だった、待ってくれとエールの声が聞こえたのは。
見ると、エールは人差し指同士をトントンと突き合わせ、気まずそうに視線を伏せている。
何か言いだしにくそうなことを聞き出したいのだろう。
そして、俺にはその聞き出しにくいことに心当たりがあった。
リリーシャの一件を聞かれたらどうしよう。
気まずいの一言では到底片づけられない。
「そのさ……」
恋人を寝取られたこいつに何といえば。
真実、あるいはごまかしか。
「孫子って誰」
「大昔の偉い人」
「どこで、その人の言葉を調べられるか教えてくれてもいいっすか。
なんというか、この人の言葉はとてもためになったし」
「教えたいとは心の底から思っているんだけど、今は無理だな」
良かった。
リリーシャのことはばれていなかった。
でも、せっかくの前世でお気に入りの軍人のお話をすることにできなかったことを俺は少しだけ残念に思った。
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