第26話同士の勝手な主張
「僕が思うに、一夫多妻制の続行は困難っす」
エールの声には張りがあり、迷いが見えない。
「言うだけなら誰にでもできる。問題は改革を実行した後だ。
で、おまえはこの村の何を変えたい、何が必要だと考えてるんだ?」
自信があることを感じ取ったからこそ、外堀からではなく本貫を責める。
「僕は、アフロディーテさまの加護ではなく、ヘラさまの加護が必要だと思うとるんや」
エールが挙げた2柱は婚姻に関わっている。
愛の神であるからこそ、アフロディーテさまの結婚はいろいろと緩い。
同性愛、重婚、ハーレムだろうと問題なし。
一方で、ヘラさまは一夫一妻を原則としている。
厳格で公正な神だ。
地球で語られるギリシャ神話と何ら変わりない。
そのエピソードを知れば意外に思えるかもしれないが。
何せ、ギリシャ神話。特に英雄の話となれば、
ゼウスが浮気する→ヘラが激怒→試練を与える→死んで星座になる。
これがテンプレだ。
婚姻と円満な家庭の守護者。
その女神の家庭が円満でも穏やかでもないというのは、大いなる皮肉である。
「つまり婚姻制度を、一夫多妻制から、一夫一妻制に変更したいんだな。
リスクは大きいよ。
孫子だって言っている。
優れた指揮官は、敵が勝てない態勢を整え。敵が陣形を崩し、勝機が生まれる瞬間を待つって」
「それはまた、ずいぶんと含蓄を含んだ格言っすね」
「それはそうだよ。偉大な戦略家の言葉だもの」
「そ、そうなんすか」
まだまだ語りたかったが、先ほどまでうきうきしていたエールの動作が急に重くなった。
訳の分からない偉人の名前を出されたからだろうか。
ここは本題に戻ろう。
「俺が思うに、全員が強力なスキルを持つ、戦闘員か準戦闘員で固めるのは防衛戦略として正しい。
強力なスキル持ちが多くいるのは負けない態勢と言える」
俺は廃材で作られた休憩所の机を数度ノックした。
この机こそが、あらがってきた象徴ともいえるのだから。
「それについては……、僕も否定できないんすよね」
エールは指をタクトのように振りかざす。
すると、岩が浮遊した。
「Bランク。それも下の方」
何となく、スキルの判定を下す。
成人式の日におばばが似たようなことをしていた記憶がある。
その時、俺は生徒の指導で忙しかった。
サキス以外のスキルは記憶から抜け落ちているので、自分が間違っていないことを静かに祈るしかなかった。
「覚えていたんすね」
よし、正解!
「傍目から見て、僕もまたスキルの恩恵を受けている側っす」
「正直な話。
ランクとしては上位だし、おまえのスキルなら結婚できると思うよ」
「そうやろ! すごいスキルやろ。
サキスのスキルと同等、あるいはそれ以上に」
もしかして、弟をバカにしてるのか?
むかついたので、ぐっと、俺は拳を握る。
サキスは両手を前に突き出す。
「堪忍、堪忍してくれや。
僕が言いたいのは、珍しいスキルやからおばばが実物以上にしてるってことっす。
じゃないと、スキルに覚醒したばかりの男にAランクなんて判定は出ないやろ。
本来それは、血がにじむ努力の末に到達するもんやし!」
「それは、将来的にAランクに到達するってだけの話じゃ」
「僕のサイコキネシスだって、Aランクに到達した人物もいるんすよ。
サキスと比べてランクが低いのは、サイコキネシスが村ではありふれたものやからや」
目を閉じ、第三の目で上空から村全体を見る。
確かに、大人たちが同じスキルを使用するのを見たことがあった。
「能力ってものはシンプルであれば、シンプルであるほどに強い。
シンプルさの塊であるサイコキネシスは、それゆえに無限のポテンシャルを持つと言える」
Sに届く可能性も十分あるだろう。
「これ、ずるいっすよね。
ランクが同じなのに、僕だけ美味しい思いができないんすから」
「ご愁傷さまとは思うよ。きっと、おまえの恋敵が弟じゃなければ、酒の1杯や2杯はおごっただろう」
金がないのでおごれないが。
いや、無理にお金を出しておごるべきか。
酒にのまれることで、彼女であるリリーシャを忘れてくれればありがたい。
その展開は幾らなんでも都合が良すぎるな。
まぁ、エールがべろんべろんになれば楽に逃げられる。
そのくらいで満足するのも一興だろう。
「やはりずるいと思うっすよね」
エール!
話がかみ合わないからって、強引に元の話題に戻しやがった。
「努力に関係なく、生まれた資質と条件だけでランク分けをする。
こんな現状で、スキルを鍛錬しようなんて人はおらん。
スキルが有用かどうかなんて、鍛錬しないと分からんことも多いんや」
「なるほど。自分の努力を見てほしいと」
「そういわれると気恥ずかしいっすね」
「そうかな。少なくとも才能と努力。
どちらを評価するかを議論するだけで、作品一つは楽に作れる。
それほどまでに奥深く、味わい深い問題だ。
少なくとも俺は好きだよ。
友情努力勝利」
この場合、才能を評価するのがおばばで、努力を評価してほしいのがエールという事でいいだろう。
まったく、才能と努力。
若者と老人。
これらの対立は、古今東西多くの作品で見られた。
そうだというのに、いまだ味をなくさないのだから素晴らしい。
「仮に努力を関係ないものにしても、才能が同じでも珍しいかどうかで優劣が決まるのは納得できないっす。
というか、サキスが例外ってだけで、強力なスキルが被りまくってるから、Bランクのスキル持ちでも結婚できないって。
もう努力する意味ないっすか」
エールの脳内には恋愛以外の事柄が詰まっていないのか! と、俺はいぶかしんだ。
狩猟に、工事、やろうと思えば日常でも。
結婚以外でスキルが役に立つ時など無数にある。
まさか、ここまで恋愛に一直線とは!
まぁ、俺もこいつと同年代くらいのときに女のことで頭がいっぱいになったことがあった。
きっと、だれもが1度は通る道なのだろう。
「分かるよ。
サキスが例外であるというだけで、スキルで発展するのはもう限界。
……できるとしたら、外から強力なスキル持ちを引っ張てくることくらいだよな」
とはいえだ、強力なスキルの持ち主を外に手放すかというとな……。
スキルが遺伝する関係上難しいと言える。
「そこが問題の核っす。
厳しい婚姻統制のせいで、生まれてくる人も、この村に住み着く人も少なくなっとるんや!」
待ちわびた獲物が目の前に来たせいか、エールの唾が飛ぶ。
本人は気がついてないようだが、汚いのでやめてほしい。
「分かる。
一夫多妻制なんてやってたら、どうしようにも、一人の女性を相手にする時間が無くなるしな」
奔放な愛の女神の使徒ならば、遠慮なく他の男なり女のもとに走る。
この村では、おばばが力ずくで止めているけれど。
このせいで、アフロディーテさま方式の利点である、多産が抑制された。
他にも制限と誓約だらけの婚姻制度は移住をストップさせていた。
複雑かつ難解な書類を前にすれば、サインする手が止まるのと同じように、難解な条件をクリアしてでも村の一員になりたいと考える移民は少ない。
「村を強くするために厳しい制度を作ったのに、その制度のせいで村が小さくなっているとなると本末転倒っす」
「確かに……。人か能力か。収支の視点から見て……」
指を折り曲げ、収支を計算するも、どちらが正しいのか、より大きな利益をもたらすのか分からない。
分からないので直観に従うことにする。
俺は人差し指同士を重ね合わせてバッテンを作った。
「俺にはどっちがいいか分からん。
だから、おばばを応援するよ。
収支が釣り合っているってことは、冒険する意味がないってことだ。
道に迷ったときは立ち止まるのが常識だしね」
いろいろ考えた結果。
俺はおばばの案に賛成する。
決定には、立場の違いが大きく関係してるのだろう。
まだ、だれにも話したことはないが、俺はいずれこの村を出るつもりだった。
冒険者だけにはなるな、とおばばは口を酸っぱくして忠告している。
だが、あこがれは止められない。
行商人に巡礼。
ただ、旅をするだけなら、やりようは幾らでもある。
酒造りに、コンソメの素。
商売が軌道に乗り、弟たちがまともな生活を送れるようになれば、世界を見て回ろうと考えていた。
この村にとどまるつもりはない。
それに加えて、郷に入っては郷に従えと言う日本人らしい気質のせいでもあるのだろう。
現状に疑問がないわけではないが、不満を口にしないのは。
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