第7話幼少期(1)
――カン、カン、カン、カン、カン!
太陽が地平線から顔を出そうとする瞬間。
朝と夜の境界線。
睡眠と意識の境目。
そのあいまいな状況をぶち破るように甲高い音が鳴り響く。
「うう、あと5……」
「秒ね、ほら起きろ!」
秒じゃないよ、分だよ!
と、抗議する間もなく、ベットから俺は蹴飛ばされた。
当然、俺は抗議する。
「家主に対して何するんだよ」
「あんたに、家を借りてるのは事実よ。
でも、家事はやってもらう。そう決めたでしょ」
宣言と共に、瓶を目の前の少女リースは俺に押し付けた。
この少女は同居人だ。
とはいえ、親族ではない。
いや、義理の姉ではあるのだが。
その実感は薄かった。
というのも、俺とのこの一家の関係が健全なるギブ&テイクで成り立っているからだ。
訳の分からないままにこの世界に転生した俺。
そのまま流行り病で両親は死んだ。
正直、意識も記憶も曖昧な自分の話なので両親の記憶はない。
死ぬ寸前に、両親は自分の家を渡す代わりに俺の保護をお願いしたらしい。
家一つを無償で当たす代わりに、子供の面倒を頼む。
うん、正直かなり安いと言ってもいいのではないだろうか。
容赦なく、こき使える労働力が手に入るのだから。
「いい!
生水は危ないから、飲み水に使う分は火にかけて。
でも、火は危ないから、出かけるとき、家に誰もいないなら絶対に消してね。
どんなに危ない時でもよ!」
と、リースは竃を指さす。
冗談みたいだろ。これ、実用品なんだよ。
家の壁を指でなぞれば、それは丸太を組み合わせて作られている。
向こうでは、山小屋というべき風情だが、こっちでは立派な一軒家扱いされる。
お使いに出発すれば町並みが良く見える。
散々文句言っていた俺の家が質素というわけではないのもわかる。
ほかの家も似たようなものだ。
それを見て、改めて異世界に来たんだなと実感した。
だってここ、スマホもパソコンもないんだぜ。
文明レベルは中世ヨーロッパくらいだろうか。
まあ、中世っていっても数百年はあるわけで。
ヨーロッパの歴史に詳しいわけでもないので、アバウトな推測だけど。
お~い、と俺は腕を振った。
すると、広場に集まった、俺と同年代の子供たちが手を振り返してくる。
通学路でよく見る光景だ。
もっとも、俺たちが行くのは学校ではなく労働だ。
具体的には、川に洗濯ではなく、水くみに行く。
俺たちはおばあさんではなく子供だからな。
まぁ、洗濯しに行く子もいるけど。
前世では、子供の労働は禁止されていた。
この世界には機械も人手もない。
つまり、立っているなら猫の手でも使う。
筋力はいるが、だれでもできる水くみは俺たち子どもの役目だ。
途中、獣に襲われないように大人数で移動するのが決まりだ。
日の出過ぎに広間に集合。
そこから川へ出発するのが、日課となっていた。
「よし、全員そろったな」
と、年長のひときわ大きな瓶を背負った少年が点呼を取る。
そのまま、皆が空の瓶を手に出発。
「ねぇ、あれ」
と、オドオドとした態度の男の子。
サキスが何かに気がついたのか指をさす。
「あの人無事だといいんだけど。
外で寝るなんて危なすぎる」
「しっ、あんなの見ちゃいけないんだぞ」
と、茶髪の活発そうな女の子。ネトラが舌足らずな声でサキスを注意する。
そうだよね。道路に無造作に寝転がっている不審者には近寄らないのが正解だ。
たとえ、顔見知りでも。
さぁ、皆顔を向けるな。音を立てずに、横を通り抜けろ。
「おおなんだぁ、瓶持ってるってことは酒かぁ」
うわ!
酒臭!
「その酒が不良品でないのか、おっちゃんが見てやろう!」
こうなると分っていたから、こっちは無視したのに。
気付かれた!
しかも、俺の前で目を覚ますし。
今日は厄日か!
今声をかけて来たのはノーデ。
有名人ということで俺も名前は知っていた。
「残念だけど、ここには村一番の飲んだくれであるノーデさんが欲しているものはないよ。
必要としているものなら持ってこられるけど」
「ということは酒だな。
俺にも分けてくれよ」
「残念だけど、取りに行くのは酒じゃなくて水だ。
酔い覚ましに飲んでみたら」
「やななこった!」
俺の返答にノーデは興味を失ったのだろう。
酒瓶を枕に、再び寝入ってしまった。
「うち、しってる。
これがだめな大人なんだ」
「ネトラちゃん。ひどすぎるよ。
事実でも行っちゃだめだよ」
おい!
お前の方がえぐいこと言ってないか、サキス。
事実だけど!
川につく。
古くから、水というのは物流そのものだ。
地面を行くよりも、数段小さな姿で力で、より大きく大量な荷物を運べる。
それだけではなく、水というのは生きる上で必要不可欠だ。
「おもーい!」
でも、使うのが楽ということはない。
女の子。ついでに、俺よりも1歳幼いということで、ネトラは文句を口にする。
つまり何が言いたいのかというと、小さな堀とか作って村に水を運ぶ。
もしくは、瓶を水路で運べないかなと思ったんだ。
体が大きくなるとともに、瓶が大きくなるという罠があるし。
力ついても楽にならないんだよ、これ。
「ほらほら、お仕事お仕事」
とはいえ、ここでへそを曲げられても面倒だ。
どう対処するのかも決めている。
「それにしても、なかなか凝った絵を描いているよな。
アルテミスさまとオリオンか!」
面白そうな話をして、気を引く。
俺は瓶に書かれている絵を指さした。
そこには神話の記録が残されている。
恐らくは、子供への教育という目的もあるのだろう。
俺たちが使っている瓶には、そういった神話の物語が書かれていることが多い。
前世の知識と、村のまとめ役のおばばの話を複合させ、面白おかしく物語を紡ぎだす。
前世で、こんな話をされてら……。
宗教勧誘お断りと、話をシャットダウンしただろう。
しかし、今は違う。
神はいる。
生まれてから、5年。
おぼろげな夢としてではなく、実感をともなった記憶として前世を思いだした俺はその結論に至った。
何せ、やり直したいという願いを叶えてくれたのだから。
もはや、感謝しかない。
でも、あえて文句を言うとすれば、
――カン、カン、カン、カン、カン!
「何なの、この音」
朝の目覚ましの知らせと同じリズムで、音が周囲に響く。
もしかしたら、鐘を鳴らしているのはリースかもなと俺は思った。
孫子はこういっている。
戦場では声を上げようとも聞こえないから、金鼓をつくる。視認しようにも見えないから旗をつくる。
戦場でまともなコミュニケーションなんてできるわけがないしね。
この考えは何も孫子だけのものではない。
戦場では狼煙、モールス信号、ほら貝。
数え上げればきりがないほどの通信手段が考案されてきた。
それは日常でも変わりがない。
消防車のサイレン、警備員のホイッスル、発煙筒と警告SOS信号として使われてきた。
町の方から聞こえる鐘の音もまた、その一種だ。
「この音って、まさか」
「町でいったい何が」
「お前、行ってみて来いよ」
「パパ、ママ……」
年少の子供たちは、訳も分からずに慌てふためく。
その一方で、
「魔物か」
「火事じゃないか」
「どうする、俺たちはここで待機したほうがいいか」
「いや、でも」
年長組は落ち着いていた。
俺たちの村は開拓村だ。
人の手が届いていない場所を侵略し、村を立てたのだ。
野生動物の被害。自然災害。事故。
そういった危険には慣れ切っていた。
でもさ。
ねえ、神様。
転生させるなら、もうちょっと安全なところでよかったと思うんですが。
この願いは、贅沢でしょうか。
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