第6話前世
俺の名前は松尾明。38歳。
職業は無職。
しいて言うならば、迷子かな。
迷っているのは道にではなくて人生だけど。
こんなまるでだめなおっさん。
略してまだおな俺も、子供の頃はいまより少しましな奴だった。
子どもの頃の俺は無鉄砲で、考えなしのバカだった。
……あれ? 今にして思うと、子どもの頃から割とろくでもない奴だったな。
具体的には、俺のことをバカにする誰かがいれば、遠慮なしにぶん殴ってた。
癇癪持ちで、やられたら倍にして返す。
そんな馬鹿なことを信条にしている、きれたナイフのような男だった。
そんなことを繰り返していたら、当然。不良に絡まれる。
もちろんただでやられない。
他人の思い通りになることが大っ嫌いなだったからな。
殴られても悪態をはき。
ぼこぼこになろうとも立ち向かう。
しまいには、仲間を呼ばれリンチにされた。
複数人に囲まれて、殴る蹴るの連続。
顔が腫れ上がり、全身が滅多打ち。
とっさに、川に落ちていた石を手に取った。
今思うと、これが悪かった。
――思いっきり、殴りかかる。
頭をガンって!
結果、被害者は昏睡した。
不良どもはまずいって逃げ出したよ。
問題は、こいつが地元の名士の息子ってこと。
何度も正当防衛だったと弁明したのに少年院送り。
不良どもは口裏合わせやがった。
あ! 人生詰んだ、とこの時は思ったよ。
少年院から出たのは17歳だった。
これからを真剣に考えるのであれば、高校進学が正解なのだろう。
だが、どうしても……、いまさらと思ってしまった。
それから、俺は足を止めた。
学校に行って勉強するでもなく。
短大に進学して資格を取るでもなく。
漫画家や小説家を目指して、創作活動をするわけでもない。
ただ、無気力に過ごしていく。
そう、俺が選んだ仕事は自宅警備員だった。
親は、俺にちゃんとしろと、毎日のように忠告してくる。
働けだの。
資格取れだの。
最初はそんな提案だったのだが。
外に出ろ。
家事を手伝え。
時間がたつにつれ、ハードルは下げられていった。
その声を、おれは布団にくるまり遮断する。
もう、手遅れだと思ったからだ。
俺は一生負け犬だと。
人生を挽回できないのだと。
曲がりくねったトンネルを進むしかないのだと思っていた。
家の中での行動は単純だ。
動画。
ネット小説。
テレビ。
ひきこもりとはいっても、金があるわけではない。
無課金でもできる娯楽を楽しんでいく。
そんな生活を、二年、三年と続けていく。
すると感じる違和感。
初めは小さなノイズだったのが、しまいには無視できない騒音となった。
「……これでいいのか、俺の人生」
起きて、糞をして、寝る。
代り映えのない日常に、俺は飽きていた。
「何か、何か自分にもできることは……」
繰り返される生産性のない日常。
永遠のような虚無に押しつぶされそうだ。
連綿と続く暗闇から抜け出すために俺が手を出したのはSNSとネットの掲示板だった。
面白かった漫画やアニメの感想や紹介。それらをバンバン上げた。
初めのころは、だれにも見向き去れなかった。
もっと誰かに見てほしい。
その思いから、有り余る時間を使って、見栄えが良いものに改良していく。
最終的には、多くの賞賛の声が集まった。
ガキの頃は癇癪持ちで、悪口を言われればすぐ喧嘩したものだ。
そんな俺に賞賛の声。
少しはましな奴に慣れたんだなと思った。
それが自信になった。
狭い一室にこもりっぱなしだが、この一室だけで自分はやっていけると。
サイトによる広告費によって、少しではあるが金を手に入れたし。
そんな、根拠のない自信がついた頃だった。
両親が死んだのは……。
両親の遺産があった。
5、6年は遺産を食いつぶし、怠惰に過ごせた。
でもさ、こんな足手まといを養っていた両親だぜ。
その遺産も無限ではない。
金がかからない生活を続けていても、限界というのはいつか訪れるもので……。
「えっ! えっ! えっ⁉」
ATMから、金を引き出せない。
故障か!
と、10回は確かめたもんだ。
そして故障でないと分った。
気がつけば、俺は遺産を使い果たしたのだ。
悟るのに1時間かかった。
――これから俺はどうすればいい。
コンビニでバイト。
それともハロワで仕事を探す?
この歳になるまで、ただ遊ぶことと、怠けること以外してこなかった俺に?
無理だ。
そう結論を出して、まだ、俺にはネット広告がある時がつく。
だけど、生計を立てるには足りない。
もっと確実で、自分にできること……。
その条件で、頭を働かせた結果。
「そうだ。こういう時こそ友達を頼ろう!」
困った時こそ、人は頼りあう。
直接会ったことはないが、長い付き合いの友人たちなら……。
そう期待していた。
『ざまぁ!』
『プゥークスクス』
『ねぇ、今どんな気持ち、なぇいまどんな気持ち』
『あのさ、お金が無くなったのはそっちの責任だよね。
どうして俺たちが解決しないといけないわけ』
善意を求めていたのに、悪意しか返ってこなかった。
「どうしてだよ、みんな友達だって言ってくれたじゃないか」
次々と浴びせられるマイナスの感情に、俺は泣きだしてしまう。
「これまで仲良くして来ただろ。
困ってるんだから、少しくらい助けてくれたっていいだろ!」
何て薄情な奴なんだ。
全ての人間が俺の無様さを見て、笑うために、応援の声を送っているのだと思ってしまう。
確かに俺だって……。
助けてくれと言ってくる、炎上中の配信者を罵倒したことがある。
金がない。援助してくれって言ってきたブロガーに、甘えんなって言ってきた。
でも、それは関係が薄いから言えることで。
友達には……。
「そういえば、俺の友達って誰だ」
こうして俺は、誰とも向き合ってこなかったつけを払わされていた。
誰も思い浮かばないのだ。
友達といっていい人間を思い返そうとしても。
その席は空白だった。
俺も画面の前の連中と同じだ。
だらだらと、今日だけ生きていければいい。
今ある日常が変わることがないと根拠もなく信じている。
自分が楽しければいいと、ネットに触れ。
相手が弱みを見せれば、その傷に塩を塗り攻め立て笑う。
そのくせ、自分は傷つきたくないという自己中。
そんな今だけしかない自分に、未来でもつながっていたいと思ってくれる奴はいなかった。
やり直したい。
人生が詰んだと自覚したからこそ。
もしくは、ネット小説のお馴染みの展開である異世界転生でもいい。
人生という、長い道の先息が見通せないからか、過去のことばかり考える。
子供時代の癇癪をもう少しどうにかすれば。
自分の味方になってくれそうな誰かを見つけていれば。
少年院から出たときに、何でもいいから職を見つけていれば。
不良どもを石で殴ったことは……、そのままでいいや。
だってあれが生きてきた中で一番楽しかったし。
不安があろうとも、俺はそれでも生きていく。
でも、その不安は確かに身体に不調をきたしていた。
眠れないのだ。
血管に不安という名前の毒がいきわたり、心臓が脈動し、夜、眠ろうとしても、心がどこかに飛んで行ってしまう。
全身が熱を持ち、この状況をどうにかしないといけないと訴えかけてくる。
「少し、頭を冷やそう」
外で、横殴りの雨が吹き荒れている。
今日は台風がやってきていた。
こんな日に出歩くのは正気すら疑われる蛮行だ。
が、不安でほてった頭を冷却したい俺には大量の水が好都合だった。
傘を取り出し外に。
開始5秒で傘が裏返った。
10秒で骨組みから破壊された。
もういらないと、30秒で家の中に傘を放り込んだ。
元々、濡れたい気分だった。
ずぶぬれ。むしろ上等だ!
「でも、どこに行こう?」
無鉄砲に飛び出したせいで、外出してから、5分ごろ。
俺は途方に暮れていた。
「とりあえず、水辺かな」
台風の日の水辺って、不思議とワクワクするし。
きっと、そこでは普段見られない景色が広がっているはず。
でも、危険だ。
ニュースで、台風の日に畑を見に行って、そのまま帰ってこないとはよく聞く話だ。
でも、それでも構わない。
俺の人生はどん詰まり。
事故で死んでも、それがどうしたって話だ。
そして、俺はいつの間にか川に。
どうらや、人生に絶望し、黄昏れているのは俺だけではなかったらしい。
一人の若い女が、濁流で荒れ狂う川の前に立っていた。
分かる、分かる。
普段では見慣れない光景だから、興奮するよな。
その手には、何か小さな布切れが。
もぞもぞと動いているし、かすかに白い手が見える。
もしかして、赤ん坊!
まだ小さな子供を、こんなを雨にさらすなよ。
他人に常識を語れる身でないことなど、百も承知だ。
そんな俺でも、この行動には文句を言いたい。
どれ、この女に、ありがたいお説教でもしてやろう。
近よろうとして、
「ん?」
違和感に気がついた。
どうして、はだしなのだろうか。
しかも、橋の縁に足をかけている!
まさか!
俺は走り出した。
そして必死に声を出す。
自殺なら、人に見られている中では止めるはず。
とおもったのだが、彼女の足元に転がっている酒瓶を見て絶望した。
――スピリ〇ス。
こいつ、まさか。
あの、酒というよりかは、薬品というべきそれを飲んだというのか。
そりゃあ、これから川に身を投げるんだ。酔ってないとできないとは思うが、いくら何でもロック過ぎるだろ。
「辞めろぉ!」
今だけは、人とまともに向き合わなかった自分が恨めしい。
人が死ぬかもしれないこんな場面でも、気の利いた言葉一つ出てこないのだから。
それでも走る。せめて、母親ではなく、子供だけでも。
いや、母親もだ!
自分で死のうとしてるんだから、自己責任だと思ったけどさ。
どんなろくでなしだろうと、子供には親が必要なんだ。
だから、両方を助ける。
幸いなことに、女の足取りはおぼつかない。
アルコールのせいだ。
これならば、間に合うかも。というよりも、絶対に間に合わせて見せる。
――届け、届け、届けぇ!
荒れ狂う川の流れに身を任せる、一組の親子。
空中に飛び込む彼らに、どうにか手をひっかけた。
赤ん坊のほうは、乱暴にではあるが橋の上に。
泣き声が聞こえる。無事だ。
女の方はダメそう。
というか、俺も、身を乗り出しすぎたせいで、このままだと落ちるぅ!
――何か、何か手段は!
と思ったが、もう手遅れだった。
俺はバカな母親を腕に抱えながら、川に落っこちた。
赤ん坊の為に、沖に上げてやろうとするが、川の流れが激しすぎる。
結局、俺は川に沈んだ。
濁流の中で俺は思った。
ああ、だれも助けてくれなかったのはこういうことだったんだなと。
俺自身。だれかの身を削って助けようとしたのは初めてだ。
故に実感する。誰かを助けるのはこんなに怖くて、大変なんだと。
ネット上だけの薄い関係の奴のためにできるものか。
でも、おかげで、未来ある赤ん坊を助けられたんだ。
呼吸すらできないというのに、俺は笑っていた。
生まれてきて、これほどまでに愉快なことはなかった。
もし、やり直す機会があれば。
誰かを助けて、そして助けてもらえる。
本当の信頼関係を築いていきたいものだ。
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