第3話棘貝(2)

 主神ゼウス。

 母神ヘラ。

 海神ポセイドン。

 知恵の神アテナ。

 愛の神アフロディテ。

 豊穣神デメテル。

 太陽神アポロン。

 月女神アルテミス。

 軍神アレス。

 伝令神ヘルメス。

 鍛冶神ヘパイストス。

 竈の女神ヘスティア。



 ちなみに、俺が信仰してるのはアルテミスさま。

 こっちの故郷が狩猟で生計を立てている都合で、月と狩猟の女神の神殿で洗礼を受けた。


 そうすれば、主要な12神は加護を授けてくれる。

 具体的には、祈りを捧げれば魔法を使えるようになる。


 加えて、俺は宴会の神ディオニュソス様の加護を貰っている。


 これはオリュンポス12神に属さない、番外の神だ。

 番外の神は、ふさわしい人間にのみ加護を与える特性がある。


 都合がいいことに、向こうがスカウトした関係上、祈りさえ捧げていれば神殿で月々の捧げものをしなくても神技を使える。


 その代わり、使える技能や魔法は完全にランダムだけど。

 俺も加護を授かったばかりの頃はがっかりしたものだ。

 食べられるものと食べられないものの判別。

 直感でさばき方が分かるくらい。

 この能力は戦闘で役に立たない。

 料理には役立つけど。


 なので、こんな若造が、船の中で料理人見習いにばってきされた。


 棘貝の最適な調理法も加護のおかげといえる。



 茹でた麺をいったん鍋から取り出し、大量の油。

 そこにガリックと呼ばれるニンニクに似た野菜。

 オラニエと呼ばれる玉ねぎに似た野菜をみじん切りにして加える。

 味がなじんできたら、つぼ焼きからしみだした棘貝の出汁。

 切った棘貝、ゆでた麵をくわえる。


「借りていいか」

「ええ」


 仕上げにヤスミンから借りた魚醤をくわえれば、


 ジャジャンッ!

 棘貝の即席和風パスタ!



「うわ、何それ美味しそうだね」


 タラサさんは料理に釘付けだ。

 どうやら、好評らしい。


「残念だけど、分けてあげるだけの量がないんだ。

 もうちょっと棘貝があれば違ったんだけどねぇ」


「この白々しい」


 ヤスミンは俺の前に棘貝を追加で2つ置く。

 でも、まだだ。


「うーん。

 タラサさんもパスタいるよね」


「もちろん。私はいつでも美味しいものは大歓迎だねぇ」


「ほら、いつもお世話になっている、姉貴分もこう言っているよ。

 この申し出をどうするんだよ」


「あんた、いくら何でも性格が悪いわよ」


 よし、さらに追加で2個。


「でも、3人で分割するなら、俺の分は変わってないよな」


 作ってほしければ、もうちょい色を付けてくれよ。


「くううぅぅ! もってけ、泥棒!」


 さらに追加で2個。


「この2つはケイデスが好きに使ってよ」


 これなら元は取れる。

 よし乗った!

 そして俺は皿にパスタを盛り皆にふるまった。


「うわ、これ美味しいよ。

 というか、棘貝を触ったの今日が初めてよね」


「この捌き方。ケイデスには免許皆伝を授けよう」


「いや、俺はいつタラサさんに弟子入りしたんだよ」


「あれは、忘れもしない……」


「いやいや、そんな記憶がそもそもないんだよ」


「なら、正解だよね。

 何せ、記憶がないんだから、そもそも忘れることがないんだし」


 なるほど。

 ヤスミンの主張は忘れることがないので、記憶がないというのは矛盾しないと。

 これは一本取られたな。

 って、なるか!

 ばぁ~か!


「でも、棘貝をずっと使っている、私よりも捌き方がうまいのは事実だぞ。

 私なら、めんどくさいから、こんなに丁寧に苦みがある場所を取らないし」


 こんな風に、共に食卓を囲み、場が温まってきたところで、


「ところでさ」


 そこでタラサはそっと、酒杯を置いた。


「ケイデス君はどうしてダンジョンに。

 この腕なら、料理人としてやっていけるはずだよ。

 店開くなら、うちのヤスミンを従業員にどうぞ」


「ちょっと、勝手に決めないでよ。

 でも、このパスタは金獲ってもいいレベルだよ。

 店開いてもやっていけると思う!」


 気がつけば、俺はタラサさんの酒を奪い取っていた。


「ゼニゲバに……」


「えっと、確か船に乗っている商人よね」


「いつも儲けることばかり考えている守銭奴だね」


 ここでも奴の評判は悪いのか。ざまぁ!


「あいつに騙されたんだよ!」


 そのことで笑いたいのに、笑えない。

 コップと俺の口が90度に交差した。

 未成年飲酒?

 うるせぇ! こんな時、素面でやってられるか!


「それに弟の奴も! スキルが優れているからってハーレムだぞハーレム!」


「「ああ」」


 俺の言葉に二人は納得した。

 スキルが遺伝するから、優秀なスキル持ちを中心にハーレムを形成する。

 俺の故郷だけかと思ったが、この世界では珍しくないらしい。


 今でも、あの時のことは昨日のように思いだせる。

 妹みたいに思っていた女と共に、こちらを見下してくる憎らしい姿を。


「あんたも大変だったんだねぇ。

 ほら、ヤスミン。おっぱいくらい揉ませてやれ」


「馬鹿じゃないの」


「いや、こっちもそんな小さな胸揉ませてもらっても……」


「ばっかじゃないの!

 というか、言い方が失礼!」


 ぷんぷんと怒り出すヤスミン。

 これ以上はまずいとタラサは思ったか笑いをこらえ、フォークを動かす。

 俺は素直に謝る。

 ヤスミンはもういいと吐き捨てた。


 緊迫した雰囲気であるが、飯は変わらずにうまい。

 やはり、おいしい飯は人間関係の潤滑剤だ。

 これがなければ、最悪喧嘩になっていたかもな。

 


 食後に残されたのは、出汁まできれいになめとられた皿だった。


「いやぁ、マジで美味しいね」


「材料のおかげだよ。

 海の上でこんなに新鮮な素材が手に入るなんて思わなかったし」


「そんなことないよ。

 よく魚とって、新鮮な食料には慣れてるのに、それでもおいしいと感じるもん」


「え!」


「あ!」


 気になるヤスミンの発言に、俺は思わずツッコミを入れた。


「新鮮な食材があるなら、厨房に回してくれよ!」


「そんなに新鮮な食料が欲しいなら、自分で調達すればいいよね」


 自分でやれと、ヤスミンは大海原を指さす。


「ここは船の上、俺は人間。無理だって」


 正論だけど、できるか!


「ヤスミン。そんなパンがなければお菓子がなければいいじゃないって発言は反乱フラグだぞ」


「誰の言葉だ、それ」


 流石、学がある奴は違うな。

 こっちの世界の慣用句使ったから、タラサさんが切り込んできた。


「でもだ。今、あんたも、船員に黙って新鮮な食材を拝借したよねぇ」


「まさか!

 これは賄賂だというのか」


「そして、これからも私らに賄賂を作るという契約でもある」


 タラサさん、マジ悪女!


 こうなると、どうすればいいのか分からない。


「私なら、時間さえかければ作れるけど。

 ヤスミンにはここまでの料理は作れなさそうだね」


「はぁ!」


 タラサの発言にヤスミンが反発した。


「そこまでいうなら、私の料理の腕見せてやろうじゃない、勝負よ勝負」


 ヤスミンは拳を振り上げ売られた喧嘩を買う構えだ。

 この間抜け!

 勝負を仕掛けるのなら、俺じゃなく罵倒したタラサだろうが。


「受けてやることだね。

 あの子、勝負となると見境なくなるからね」


 発言だけみれば、妹分を心配する理想の姉貴分だ。が、俺は見逃さない。

 にやついているのを!


 でもまあ、追加で棘貝を食べられそうだから文句はないけど。

 仕方ない、受けてやるか。

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