第39話 カップル限定メニュー

 俺たちは依然、手を繋いだままだ。

 一度、俺も風花もトイレに行ったのだが、出た途端にどちらからともなく手を繋ぎ直した。


「ふー……。色々見たねっ」


 最後の水槽を抜けたところにある少し広い道で、風花はそう言ってきた。

 風花が立ち止まったから、俺も立ち止まる。

 通行の邪魔にならないように、端っこに寄った。


「もうこんな時間じゃん……」


 風花はスマホの画面を見て、そう言った。

 俺も時計を見てみると、短針は1を越していた。


「昼ご飯はどうする?」

「あー……、どうしよ」


 そこを全く考えていなかった。

 大きな駅まで戻って食べてもいいのだが、他にいい方法があるかもしれない。


 風花は背後の壁に貼られたポスターに気づいて、それを眺めている。

 そのポスターには、水族館の中にあるカフェのような飲食店のメニューが、写真とともに書かれている。


「ここ、行くか?」


 風花の耳元に後ろから話したから、ビクッと反応されて驚かしてしまった。


「晴路は食べたいのないの?」

「特に――。風花が良いなら、そこに行きたい。美味しそうだしさ」

「ありがとっ」


 そういうことで、俺たちはそのお店に行くことになった。



   / / / / /



 カフェに入ると、好きな席に座るように言われた。

 席まで注文を取りに来てくれる方式らしい。


 ちょうど二人掛けのテーブルが空いたから、そこに座ることにした。

 名残惜しかったが、繋がれた手を離して、それぞれの座席に着く。

 離す寸前、風花の握りが少し強くなった気がした。


「晴路はなににする?」

「どうしよ……」


 テーブルに置かれた一枚のメニュー表を一緒に見る。

 決して顔がぶつかったりはしないけれど、同じものを見ているということが、なんだか嬉しかった。


 んー……と、風花がどれを頼むかと悩む。


「裏ってあるのかな?」


 俺はふとそう思って、メニュー表を裏返しにしてみる。

 すると、俺の憶測通り、3つほどメニューが書かれていた。

 多分、お店のおすすめ商品的な感じだろう。


「これは、小学生以下限定――。これは、朝限定――」


 風花はメニューを一瞥して、書かれた内容を読み上げる。


「これ美味しそ……」


 風花は声を漏らした。

 最後の三つ目だけ、異様に力を入れられている盛り付けだった。

 パンケーキに生クリーム、その上にはジンベエザメが描かれたクッキーが二枚のっている。

 それ以外にも美味しそうなものが配置されていて、すごかった。

 値段もそこまで高くないし。


「……って」


 風花がなにかに気づいた。

 俺も少し遅れて気づいた。


 上2つが限定商品だったのだから、これも同じと考えるのが妥当だ。

 それはそうだったのだが、なにを限定しているのか。

 それが――。


「カップル限定、か」


 俺はそう呟いた。

 律儀に『男性同士・女性同士でも、カップルであれば可』と書かれていて、カップル以外が注文するのは許さない――という意思がすごく見える。


「わたしたちじゃ、ダメか」


 風花がしょんぼりした。

 明らかに肩を落としている。


「「どうしよ――」」


 俺たちの声が、思わず重なってしまった。


 …………。


 俺たちは注文するのを決めて、店員さんを呼んだ。


「なににしますか?」

「それじゃあ――」


 俺たちが注文しようとしたとき。


「ちなみに、このカップル限定メニューがおすすめですよ」


 店員が、俺たちを交互に見てから話した。

 頼んでいいのなら、風花も目を輝かしていたし、そうしたい。


「付き合ってるかの確認とか、ないんですか?」


 俺は、もし後で言われたら困ると思って聞いた。

 しかし店員は、不思議そうな顔を浮かべる。


「ありますけど、お二人さんは大丈夫ですよ」

「……なんで?」

「そりゃあ。入店されるとき、手を繋いでましたから、付き合ってるのでしょう――」


 何もおかしな点はないと、そう言い切った。

 それで確認を取ったと言っても良いのかもしれないが、飲み込めない部分がある。


「それなら、それを一つお願いします」


 風花は至極当然というように言った。

 俺が風花の方を見ても、笑顔しか返ってこない。


「はい、じゃあ彼氏さんはどうしますか?」

「えーっと、……これで」


 俺はもともと考えていたのを指さした。

 状況が状況だから、彼氏じゃないとは言えなくて、飲み込むしかない。

 まぁ、そう呼ばれて悪い気はしなかったのだが。


 …………。


 やがて、注文した商品が運ばれてきた。

 綺麗に盛り付けられたのを写真に収めて、記念に残しておく。

 ある程度撮り終わったら、いただきます――と両手を合わせてから食べ始めた。


「おぉ、美味しい」

「うん、うまい」


 見た目だけでなく、味でも文句のつけどころがない。

 風花の食べているのも、とても美味しそうだ。

 俺が風花のやつを眺めていると、風花は「ねぇ――」と声をかけてきた。


「ちょっと食べる?」


 食べたいと返事しようとしたのだが、口を開く前に、風花は一口分のパンケーキに生クリームを乗せて、こちらに差し出してきた。


「今はカップルじゃないといけないからね――」


 理由をつけるように風花は言った。

 俺は軽く頷く。


 口を開いて、フォークを歓迎した。

 入れられたパンケーキは、甘くて美味しかった。

 風花は嬉しげに声を漏らして微笑んだ。

 そして――。


「はいっ」


 そう言って口を開いてきた。

 多分、食べさせてということだろう。

 見える舌も歯も、全部が気になって仕方がなかった。

 でも邪念を振り切って、そして勇気を振り絞って、俺はフォークで少し切り取って、風花に向けて差し出した。


 風花は食べ物にかからないように、左手で髪を押さえながらパクッと食べた。


「んー……おいし」


 風花の幸せそうな顔で、俺まで幸せになった。

 俺たちの距離は、誰から見ても友達じゃなかった。

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