第38話 水族館
体育祭から二週間ほどが経ち、風花の右膝は回復した。
そしてその回復を理由に、どこか二人で遊びに行こうと言われた。
もちろんオッケーだと返し、今、十月のとある日曜日、俺は最寄り駅で風花が来るのを待っている。
「おはようっ」
と後ろから肩を叩かれ振り返ると、風花がそこに立っていた。
「風花、おはよう」
俺がそう言うと、風花はクスッと笑った。
なにが面白かったのか分かり得ないが、嬉しくてのものだろう。
これは服装を褒めた方がいいのか――?
俺はどうするか悩んだ。
小説とか漫画とかでは、ひょいと言ってのけるような言葉でも、現実では厳しかった。
んー……。
少し時間を掛けすぎてしまって、風花が先に喋り出してしまう。
「さっそく向かおっか」
「あぁ」
俺は風花の後ろをついていく。
今日初めて風花の背中が見え、髪に付けられた装飾が目に入った。
それが風花にとても似合っていて、とても可愛かった。
………………。
…………。
……。
「おぉ、すごい。テレビとかで見たことあるやつだ――」
エスカレーターに乗り、視界が開けた瞬間。
俺はそう声を漏らした。
すると風花は、正面にある建物を上から下まで、首を上下に動かして見た。
壁面にはさまざまな魚が描かれている。
そしてその中で一番大きいのは、ジンベエザメだ。
ここは大阪にある有名な水族館。
放課後、大阪の市内でなにかいいところがないかを調べているときに、俺たちの目に止まった。
事前にネットで買っていたチケットをスマホに表示させて、俺たちは入場した。
「わたしも初めてだから、なんだかワクワクするな」
「初めて? なにがいるとか知ってたから、てっきり何度か来てるのかと思ってた」
ここの水族館の話をしているときに、ペラペラと回るのに何時間かかるとかの情報を教えてくれていた。
「いやいや、事前に調べただけ」
「なるほ、ど……」
俺が言葉に詰まってしまったのは、気づいてしまったからだ。
あくまで憶測なのだが、風花がなにか言いたげな雰囲気を醸し出しているから、合っていると思う。
「ごめん……。あのとき考えたみたいにしてたけど、前から晴路と行きたいなって思ってて……。誘導するみたいなことしちゃった」
「いや、いいよ。俺も行きたいって思えたし」
つまり、あのどこに行くかを決める話し合いのときは、すでに風花の行きたいところが決まっていて、知らぬ間に俺は風花の思惑通りになっていたということだ。
そんなの嫌なわけがない。
当然だった。
…………。
そう話していると、一番目の水槽までやってきた。
日本の川や海を模したらしく、見慣れた魚から珍しい魚まで色々いる。
気になったところはジーっと立ち止まって見て、他のところは一瞥するくらいにとどめる。
「見て、あの魚、形可愛くない?」
「あぁ確かに。赤っぽいやつだよね、可愛い」
ちょっと見ただけでは気づかないが、注目して見たら分かる可愛さと美しさがあった。
そこをじっくりと見てから、次の水槽に移動していく。
そしていよいよ、この水族館の名物であるジンベエザメのいる水槽だ。
周囲から聞こえるシャッター音が、ここが人気ということを伝えてくれる。
風花の声色も、よりいっそう楽しげになってきていた。
「おぉー」
水槽の前に立ち、中を覗き込んで目当てを見つけると、風花はそう感嘆を漏らした。
しかし顔が逆方向を向いていて、あまりよく見えない。
だが、運良くすぐにジンベイザメは半回転して、俺たちの方へ顔を見せてくれた。
「こっち向いた」
俺がそう言って、水槽に指をさしたちょうどそのとき――。
「見て」
と風花が言って、水槽向かって人差し指をさした。
その指と指は、先端でぶつかり合った。
あっ――と、俺も風花も声が出てしまった。
そのまま俺の指の上に、風花が指が乗っかった。
俺は人差し指を曲げて、離れようとしたのだが、すんでのところで、風花の指が曲げられた。
そして俺は風花によって捕まえられた。
勢いよく動かせば、風花の指から逃れられたのだけれど、そんなことをする意味もないから、そのままでいる。
「風花――」
「なに? どうしたの?」
なんでもない振りをしているが、暗めの水族館でもギリギリ分かるほど、風花の目はキョドッていた。
「いや、なんでもない」
ここで指のことを言うのは野暮な気がして、俺はそう言った。
「……そっ」
素っ気ない返しなのに、なんだか優しさを感じる。
俺たちの手は、重力に任せて、だんだん下へと落ちていく。
しかし、離れることはない。
「ほかのとこも見よっ」
「それもそうだな」
風花の一言で、移動することになった。
一緒に歩き出したけれど、歩くときの揺れでどうしても指が離れそうになってしまう。
いっそのこと……。
そう思った矢先、俺の指が風花の指から離れてしまった瞬間。
逃がさないというように、人差し指が風花の手全体によって握られた。
そして、ゆっくりゆっくり、俺の手と風花の手が絡み合っていく。
しだいに感じていく風花の温もりに、緊張も増していく。
恋人繋ぎのように、かたい繋ぎ方をしたわけじゃない。
でも、触れ合っているだけで良かった。
「もしクラスの子とかが見たら、わたしたちのこと、どんなのだと思うんだろうね」
「…………」
その答えを言わせるのはズルい。
他の人に言われるのと、自分で言うのでは意味が全然違う。
なにも言わない俺を見て、風花は微笑んだ。
「うそうそ――。返答は気持ちだけ受け取っておくからさ」
「…………」
そう言って俺を惑わしてくるのもズルい。
「俺も、風花がそう聞いてきた気持ちだけ受け取っておく――」
俺はかろうじて言い返した。
言われっぱなしなのは嫌だったのだ。
すると風花は斜め下を向いて、少し俯いてしまった。
頬が膨れている気がする。
しかし、風花の手は俺の手を掴んだまま離さない。
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