第15話 体育館といえば

 無事ドッチボールは終了して、体育の授業は解散となった。

 俺は体育館の端っこで、持ってきていた水筒で水分補給をする。

 蓋を閉めて更衣室へと向かおうとしたら、目の前から掛田さんがやってきた。

 夏実もいなくて、一人だけのようだ。


「割ヶ谷、けっこう頑張ってたじゃんっ」

「そうか?」

「ちゃんとボール当ててたし」

「なんて言うか……、ありがと」


 素直に褒められると、気恥ずかしいけどやっぱり嬉しい。

 ここで俺も「掛田さんも頑張ってたよ」とか返したら良いのかもしれないが、それはなんだか意識してしまって言いにくい。

 しかし――。


「ねぇ――。わたしは、どうだった?」


 そう聞かれてしまったら答えるしかない。


「頑張ってたんじゃない? 最後の方まで内野に残ってたし?」

「やっぱり、そうかな」


 照れた様子で、目線を斜め下にやっている。

 しかし、すぐに俺の方を見てきて、ニカっと微笑んだ。

 まっすぐ掛田さんを見るのは恥ずかしくて目を逸らすと、まだ体育館には少し生徒が残っていた。

 その人たち――特に男子から、羨望の眼差しを向けられていることに気づく。

 逃げたいが逃げられない、掛田さんの気持ちを無下にはできない。


「ってゆーか、なんでさっき褒めるとき疑問系だったの?」

「あー……」


 痛いところをつかれた。

 だってそれを思い出すと、掛田さんを守る累の様子が頭に浮かんでくるから。

 今、体育館の入り口あたりで、累はクラスメイトの男子たちと駄弁っている。

 沢山友達がいる人気者の累に言い寄られたら、いくら一度告白を断られているとしても、少しはそういう展開を考えてしまう。


「なに、そっちの方を見て?」

「いや別に、累を見てたとかそんなんじゃっ――」

「累……、浅川?」


 あっ……。

 自分でも馬鹿と思うほど、馬鹿正直な返しをしてしまった。

 ここまで来たら、もう正直に言った方がいいかもしれない。


「そう、掛田さんのチームでかなり活躍してたから」

「あーね。確かに浅川、運動神経良いしね。あと、試合中優しかった」

「…………」


 優しい――か。

 累が聞いたらどれくらい喜ぶのだろう。

 なぜ、俺が累と掛田さんの関係を気にしているのか――。

 それは分からないが。


「割ヶ谷の方が優しいけど」

「……ん?」


 俺がいつ、掛田さんにそう言われるようなことをしただろうか。

 思い当たる節が全くない。


「なんかしたっけ?」

「いいや、忘れてるならそれでいーしっ」


 掛田さんが少しツンとして、顔を逸らした。

 気になるけれど、聞ける雰囲気じゃない。


「そこの二人ー、運ぶの手伝ってくれないかー?」


 体育の先生がそう言うのが聞こえた。

 俺が周りを見渡すも、すでに体育館には俺と掛田さんしかいなかった。

 つまり、俺たちにお願いしているのだろう。


「掛田さん、手伝ってあげよ」

「んっ」


 掛田さんが大きく頷いた。

 俺たちが先生の元へ向かうと、得点ボードを体育倉庫に置きに行って欲しいと言われた。

 終わったらそこから直接更衣室に向かって良いとも付け加えられ、先生は規則正しく置かれたマーカーコーンを集めに去っていった。


「俺運ぶから、掛田さんは戻っておいていいよ」

「なんで?」

「これくらい一人で運べるし、更衣室に夏実もいるんじゃないか?」

「別に大丈夫だし。ついていく」


 まぁ、夏実は掛田さんが俺といるのを知ってるだろうから良いか。

 キャスター付きのボードを押して、倉庫へと運んでいく。


 体育倉庫は薄暗くて、夏の蒸し暑さ故に少しジメっとしている。

 壁の上部に一つだけある小さな窓から吹き込む風が唯一、俺たちを涼しくさせる。


「俺、ここに入ったの初めてかもしれない」

「わたしも初めてだよ。一緒っ」


 一緒とか、そういう胸に響くようなことをハツラツと言うのはやめて欲しい。

 俺は軽く相槌を打った。

 不用意に話を広げたくないのは、恥ずかしかったからだ。


 ここかな――。

 俺はそれらしき空間にボードを置いた。


「ねぇ割ヶ谷っ、見てっ」


 体育用のマットが積まれているところの裏側から、掛田さんの声が聞こえた。

 そこに行ってみると、CDケースが落ちていた。

 表紙を見てみると、ホコリが被っていて見にくくなっていたが『シャトルラン用』と書かれている。


「これ、シャト――」


 そのとき、重い鉄が動く音がした。

 キィーと音が響くと、ガシャンと何かがぶつかる音がした。

 そして、周囲がさっきよりももっと酷く暗くなった。


 まさか……。


「割ヶ谷――、もしかして……」


 積まれたマットから顔を出して入り口側をみると、倉庫の扉が閉まってしまっていた。


「あぁ……」

「割ヶ谷、どうしよう?」


 そう言いながらも掛田さんはにこやかで、少しぐらいは怖がってほしいぐらいだ。


「今すぐ叫んだら、先生が気づくはずだから大丈夫」

「えっ……」

「たな――。っ、ちょ、まってっ、掛田さんっ」


 俺が先生の名前を呼ぼうとすると、掛田さんに腹をくすぐられた。

 およそ30秒――。

 恐ろしく長い時間、俺は縋るような小さな悲鳴しか上げられなかった。


 掛田さんに解放されてからかなりの大声で叫んだが、外から足音の一つさえ聞こえなかった。


「あぁ、先生もういなくなっちゃったかも。どうしよ」

「掛田さんのせいでしょ――」


 掛田さんはなぜ、こんなことをしたのか。

 ここにいるのが俺じゃなかったら、多分、すぐに先生を呼んで助けてもらっていたのだろう。

 つまり……。

 俺は、掛田さんを責めたくなくなった。


 それにしてもこの状況、どうしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る